椎名くんは笑わない(完結)



『あ』

 突然、何かに気がついたような声で、彼氏の椎名くんが呟いた。



 今日はハロウィンだ。
 高校三年で受験ももうすぐだけど、今日くらいは羽目を外して遊ぼうだなんて椎名くんが言うから、ちょっとだけ仮装をして友達の沢田くんの家にアポなし突撃しちゃおうとしている、そんな夜。

 まずは私の家に二人で集合しようと言うわけで、私は魔女っぽいコスプレをして椎名くんが来るのを待っていた。
 自分なりに頑張って可愛いメイクもしたから、椎名くんの反応が気になる。

 でも、もっと気になるのは椎名くんが何の仮装をしてくるのかっていうところだった。

 椎名くんはとにかく変な人で、一筋縄ではいかない思考回路の持ち主だ。
 ヴァンパイアや狼男なんてありきたりのモンスターの格好をしてくるはずがない。
 日本の妖怪かな。ぬりかべとか、一反もめんとかも有り得る。

 いろんな仮装を想像してワクワクしていたら、突然の電話が来た。相手は椎名くんだった。
 
『遅くなってごめん、もうすぐ着くから』
「うん。いいけど。気をつけてね」

 変人な割にはこういうところ律儀なんだよなって嬉しくなった時だった。
 
『あ』

 と椎名くんが呟いた。
「どうしたの?」
『やべえよ……。今、やべえ奴と遭遇しちゃった』


 彼の声はモンスターに出会ってしまった村人Aのように震えていた。

「やべえ奴って、どんな?」
 椎名くんがここまで怯えるなんて、それは相当やべえ奴に違いない。

『マジで怖い。どうしよう。目が合っちゃった。こっち来る!』
「大丈夫⁉︎ 椎名くん!」
『うわあああああ! 来るなーっ!』

 只事じゃない叫びを残して、椎名くんは通話を切った。私はいてもたってもいられなくなり、魔女の格好のまま外に飛び出した。

 椎名くんはもう近くに来ているはずだ。

 すると、東の道からこっちに向かって全速力で駆けてくる変なシルエットに気が付いた。
 つるんとした丸みのある縦長の楕円形のボディーに、リアルな手足が飛び出たスタイル。あれは着ぐるみだ。色は紫っぽくて、頭にも紫のヘタのようなものを乗せていた。

 まさかあれは……ナス?

「椎名くん⁉︎」
「助けてくれ、藤川〜っ!」

 私の名前を呼んでいる。やっぱりあれは椎名くんだ。

「いや、ナスのコスプレって!」
 
 思わずツッコミせざるを得ないチョイスだ。
 すると、その後ろから爆裂スピードで彼を追いかけるもう一体の謎のシルエットが見えた。

 こちらもつるんとした丸みのある楕円形のボディーだけど、縦長の楕円形の椎名くんとは違って横に長い。そんなボディーにリアルな手足が飛び出たスタイル。色はオレンジ色だ。

 まさかあれは……カボチャ?
 
「いや、カボチャって!」

 たしかに、怖い。
 二人ともまともな神経じゃない。
 こんなコスプレをする人は、私の周りには椎名くんの他には二人くらいしか思いつかない。

 いや、二人って冷静に考えると多いな。


 ナスとカボチャは仲良く私の家の前でゴールした。

 ぜえはあと荒い呼吸をくり返す二人。くり抜かれた顔を見て、カボチャの正体が椎名くんの友達の沢田くんだと気づく。沢田くんは変なコスプレしそうな二人のうちの一人だった。

「うん、やっぱりね……。椎名くん、沢田くんだよこのカボチャ」
「えっ⁉︎ お前、なんでカボチャなんかに仮装してんだよ!」

 ナスには言われたくない。

「ハロウィンといえば……カボチャだから。佐藤さんがこの格好で椎名くんたちを驚かせてきたらどう? って」

 佐藤さんは沢田くんの彼女だ。二人はとてもラブラブなので、佐藤さんの命令なら沢田くんは喜んで教頭先生のヅラを外すぐらいのことはする。

「おーい! お前ら! 足が速えぞ!」

 そこへ、もう一人の変なコスプレ男が現れた。
 この声は、変なコスプレしそうな二人のうちのもう一人、沢田くんの親友(自称)の小野田くんに違いない。
 
 いやいやながら振り返ると、そこには沢田くんと同じカボチャに扮した小野田くんが誇らしげに立っていた。

「いや、まさかのカボチャかぶり」


 他に選択肢はいっぱいあっただろ。なんでそこでかぶるかな。



「トリック・オア・トリート!」
「はいはい。怖い怖い」

 ナスとカボチャ二体に家の前で騒がれても恥ずかしいから、私は三人を家に招き入れて沢田くんにプレゼントするつもりだったお菓子を配った。
 玄関のサイズに合わずにカボチャ二体が斜めになってやっと通るというアクシデントはあったものの、無事に中に入った三人は大喜びして、「次は佐藤さんちに行こうぜ!」なんて盛り上がっていた。

「藤川も一緒に行こうよ」
「いや、いいって」
「何で?」
「コスプレの方向性が違うから」

 見事に違ったなと思う。さすが椎名くんだ。まさかハロウィンに何も関係ない野菜で来るとはね。想像できなかった。

「そんなこともあろうかと、カボチャでよければもう一体着ぐるみを用意してあるぞ」
「きっつ! カボチャでいいわけないでしょ。三体目かぶり、きっつ!」

 私は小野田くんの提案を秒で断らせていただいた。
 せっかく可愛いメイクでハロウィンを楽しもうと思ったのに、ボディーがカボチャだなんて泣ける。

「私のことはいいから、三人で行ってきなさいよ」

 私はやれやれと思いながら三人を再び玄関まで見送った。
 ある意味面白かったけど、想像していたハロウィンと違いすぎてちょっと悲しい……なんて拗ねかけた時だ。

「そうだ、言い忘れてたんだけどさ」

 歩き出した三人の中で、ナスだけが振り返った。
 顔の部分をくり抜いた円の空洞に男前の顔を出した椎名くんが戻ってきて、私にこっそり耳打ちする。


「今日の藤川、可愛いよ」


 もう、何でナスのボディーでそういうこと言うかな。
 ナスにときめくなんて、ありえない。
 まあ、ときめいちゃったけどね。
 私もチョロいな。


「ありがと。警察に職質されないように気をつけてね」
「おう! 気をつけるわ」


 元気に去っていく三体の野菜を見送り、私はふふっと照れ笑いした。
 夜空には丸く太った月が楽しそうにぽっかりと浮かんでいた。