椎名くんは笑わない


「あ」

 突然、何かに気がついたような顔つきで、先日まではただの友達だった椎名くんが呟いた。

 先日までは、ね。つまり今は違うということだ。
 私たちはお付き合いをしている。
 多分。
 お付き合いの定義がいまだによく分かっていないけど、とりあえずたくさんデートはしている。
 放課後にカラオケ行ったり、ファミレス行ったり、漫喫行ったり。

 いや、これいつものことじゃないか。どこがデートよ。友達でいた時と変わんないよ。

 ちょっと文句を言ってみたら、「じゃあ休みの日にショッピングモールでも行こう」と誘われた。
 映画館やゲーセンもあるし、タダでウインドーショッピングもできるし、お腹が空いたらフードコートもあるし、何より涼しい。
 梅雨はあっさり通り過ぎて、いきなり猛暑に見舞われることもある昨今、私たちは車の下で日よけをする猫のように常に涼しいところを求めている。


 で、椎名くんが今、何に気づいたのかというと?

「どうしたん?」
「あんなところに占いの館があるけど、行ってみる?」

 椎名くんが指をさす方向へ顔を向けると、フードコートの片隅に作られていた小さな占いコーナーに座っている怪しい衣装を着たおばさんと目が合った。


 このショッピングモールに来てよかったと思ったことはもう一つある。
 それは、施設が巨大なゆえに郊外に建てられているから通学圏外になり、同じ高校の子と出会う確率が低いということ。
 別に、椎名くんと付き合っていることを友達に隠したいわけじゃないけど、デートしているところを見られるのはまだ恥ずかしい。椎名くんとお友達をしていたのは一年以上で、最近やっとステップアップしたばかり。基本的には友達と変わらない状態の私たちだけど、せっかく二人きりで周りの目も気にしない場所に来たんだからちょっとはイチャ? 的なスキンシップもしてみたい。

 そう思っているのは私だけかな。
 飄々とした横顔はいつもと同じ、何を考えているか分からない。
 椎名くんの思いが少しでも分かったらいいのになって思っていた矢先に、占いの館だなんて。

 これはもしかして、運命の出会いかも。

「お願いしまーす」

 ちょうど待っている人もいなかった占いの館に──という名目のただの占いコーナーに、私と椎名くんは二人で乗り込んだ。

「学生カップル? ウフフ。初々しいわねえ」
 占ってくれるのはジプシー風の黒いベールで目から下を隠した中年女性だ。占い師ネームはアンダルシア=はな子。

 はな子が多分、本当の名前だよね。アンダルシアって何?

「あら、そこのお嬢さん。何か気になることがあるって顔をしているわね。さっそく占ってあげるわ」
「お願いします」
「それはズバリ──その男の子との相性ね?」
「いえ、藤川はあなたの名前のアンダルシアが気になってます」

 椎名くん、大当たり。占い師よりすげえ。

「だよな、藤川?」
「あ、うん」
「アンダルシアはご先祖の名前よ。ご先祖はジプシーだったの、アタクシ」

 いや、絶対嘘だろ。コテコテの日本人顔だもん。名前は雰囲気で適当につけただろ。

「そんなことより、せっかくだから相性占いでもやってみましょうよ。アタクシの占いは百発百中なのよ。結婚するならその時期までピタリと当てたこともあるのよ?」
「本当ですか? でも、うちの藤川もなかなかやりますよ。あなたに負けないくらいピタリと俺の考えを当ててきますよ? な、藤川」
「えっ?」

 アンダルシア=はな子がジロリと私を睨みつけたような気がした。
 おいおい、本職の人に余計なことを言うなよ、椎名くん。


「面白いわねえ。じゃあアタクシと占い対決でもしてみる? お嬢さん」
「嫌です」
「じゃあ、藤川が勝ったら占い料金半額にしてもらえますか?」

 
 ちょっと待てや、椎名くん! 対決の流れにしないで!
 私もちょっとその気になっちゃうじゃん!


「でも、どうやって対決する気? 私、何も道具とか持ってないよ?」
「そんなものは簡単だ。例えば、あの男を見て俺がどんなことを思うか当てるって言うのはどうだ?」

 椎名くんがフードコート内にいた高校生くらいの男の子を指さす。
 って、あれ?
 うちのクラスのイケメンの沢田くんじゃないかな。隣にいる女子は沢田くんの彼女の佐藤さんだ。
 二人でフードコートでクレープなんか食べちゃって、平和にデートしている。

 ずるいぞ椎名くん。知り合いを見つけたからこんな勝負でも私が勝てると踏んだな? そんなに半額になりたいか。

「あらあら、なかなか素敵な男の子ね。アタクシ好みだわ」

 アンダルシア=はな子の瞳が乙女になる。いくつになっても女はイケメンに弱いものらしい。

「それでは問題。今から、俺があの男の心境をアフレコします。なんてセリフをつけるでしょうか?」


 いきなり椎名くんからの出題。
 アンダルシア=はな子はさっそく水晶玉を撫で始める。
 私も必死で沢田くんを見つめた。

 沢田くんたちはどうやら定番のチョコバナナ生クリームを食べているらしい。すると、生クリームが沢田くんの鼻の頭にちょんとついてしまった。それを見た佐藤さんが、ナプキンでフキフキしてあげている。

 沢田くん、見た目はクールだけど中身はピュアだから、佐藤さんにあんなことをされたらきっと嬉しすぎて失神しそうになると思う。
 そんな沢田くんを見た椎名くんが何をアフレコするかといえば……?

「分かったわよ」

 先に手を挙げたのはアンダルシア=はな子だ。

「『は、恥ずかしー! 鼻の頭にクリームつけちゃった。でも、彼女に拭いてもらえて顔が近づいた。ラッキー!』ってところね」

 なかなかいい線を行っていると思うが、椎名くんがそんな素直な描写をするはずがない。
 次は私のターン。

「『やべー。女子に俺の鼻をじっくり見られてる。どうしよう、こんな時に鼻毛が尋常じゃなく出てたら⁉︎ いかん、緊張して前歯がガタガタ震えてきた! このままでは入れ歯なんじゃ? と女子に疑われてしまう! 違いますよ! 正真正銘、俺の歯です! インプラントもしてないよ! 信じて!』かな」

「藤川、正解」
「ウソ⁉︎」

 アンダルシア=はな子が目を剥いた。

「けっこう長尺だったわよ⁉︎」
「いや、ほぼ正解。さすが藤川。俺は最後の『信じて!』じゃなく『プリーズビリーブミー!』って思ってたけど意味は同じだから正解としよう」


 それが本当だとしたら、正解した自分が怖い。


「他の人でもう一度勝負よ!」
「じゃあ、さっきの男の後ろにいるあの金髪のヤンキーはどうだ?」

 椎名くんに誘導されて見てみると、確かに沢田くんの後ろのテーブルで金髪のヤンキーっぽい高校生が一人でクレープを食べている。

 って、あれもうちのクラスの小野田くんじゃない?
 鋭い瞳で沢田くんを睨みつけているように見えるけど、本当は小野田くんって沢田くんの友達になりたくて、ついついストーカーまがいのことをしているという話だ。

「はい、アフレコスタート」
「これは簡単ね。『クソッ、昼間からイチャつきやがってムカつくカップルだぜ! 後で絶対カツアゲしてやるからなー!』って感じね」

 アンダルシア=はな子が即答する。
 でも、小野田くんがそんな物騒なことを考えるはずがない。
 続いて、私のターン。

「『やばっ。あいつを追いかけてたまたま食べたけど、このクレープバカ美味い。よく味わって、家に帰ってから材料集めて再現しようっと♪ うまくできたらあいつにプレゼントだ! 俺って家庭的。これであいつもいよいよ俺を親友と認めるであろう!』かな?」

「藤川、正解」
「嘘⁉︎」

 アンダルシア=はな子が鼻息でベールを揺らす。

「ちなみに、俺の今の気持ちは? 藤川」
「『無駄なあがきを……』かな?」
「正解! お前、本当にすごいわ。俺のことよく分かってんじゃん」


 椎名くんが私の肩をポンと叩く。
 なんかちょっと、嬉しい。
 
 
「ずるいわよ! 本当は全然違うのに、勝手に正解って言ってるんでしょ! 占いが半額になるからって、卑怯よ! こんなやつ、最低だから別れなさい! あんたたち、今すぐ別れなさい!」

 アンダルシア=はな子がひどいことを言い始める。
 彼女の気持ちも分からなくはない。椎名くんならこのくらいの卑怯なことは平気でやる可能性がある。

 でも、椎名くんは余裕の笑みを浮かべていた。

「やれやれ。あんたの占いの腕もたかが知れてるな、アンダルシア=はな子」
「何……⁉︎」
「藤川と俺は別れない。何故なら、俺たちは以心伝心でめちゃくちゃ気が合う運命の二人だから」

 ドッキンコと心臓が鳴った。
 思わず椎名くんを横目で見ると、意志の強そうな凛々しい顔をしていた。
 ……うわ、かっこいい。
 不覚にも、そう思ってしまった。


「行こう、藤川。ここの占い、当たらんわ」
「あ、うん」

 椎名くんがさりげなく私の手を掴んだ。私は膝をガクガクさせながら立ち上がった。
 

 フードコートを抜けて、ざわめく人波を手を繋いだまま歩く。私をリードするみたいに一歩だけ前を歩く椎名くんがすごく男らしかった。

 運命の二人か。
 もしも私たちがそういうカップルなんだったら、確かに相性なんか占う必要はない。
 ただ、信じ合って一緒にいればいい。


 幸せな気持ちでフードコートから離れること約100メートル。
 椎名くんは後ろを振り返り、ふうとため息をついた。

「あっぶなかったな、藤川」
「え? 何が?」
「え。気づいてなかったのか?」

 椎名くんがびっくりした顔をする。

「さっきの占いの館。入った後で気がついたんだけど、占い一人一回、5000円ってちっちゃく書いてあったんだよ。相性ってことで二人で一回分にしても、5000円の出費は痛すぎるだろ。その半額でも俺は痛いよ。だからうまくイチャモンつけて逃げようと思って。成功して良かったな」

 イチャモン?
 もしかして、それは私たちが運命の二人だっていうくだりのことか?
 つまり椎名くんは5000円をケチるためにそう言っただけだったってこと?

「ああやっぱり、そういうオチか」
 私は力無く笑った。

「ん? どうした藤川。元気ないな」
「いや、アンダルシア=はな子の占い、当たるかもと思っただけ」

 こんなやつ、最低だから別れなさい! あんたたち、今すぐ別れなさい! ってやつ。
 あの人の言う通り、こんなペテン師とは即刻別れた方がいいのかも……。

 すると、椎名くんが私の手をぎゅっと強く握った。

「……当たんねーよ」

 椎名くんの手は、ちょっと震えてた。
 まさか、緊張してる?
 そういえば水族館以来のデートらしいデートだし……。
 もしかして、私が密かに椎名くんと手を繋いで歩きたいって思っていたことが椎名くんにはバレバレで、ずっと手を繋ぐきっかけを探していたのかな。
 だとしたら私たちって、やっぱり以心伝心じゃん。
 
「だろ?」
「……うん」

 私たちはモジモジして目を合わせないまま、無言で歩き続けた。
 

 ショッピングモールって、やっぱり最高。
 涼しいし、タダだし、思いが同じ運命の人と手を繋いでいつまでも歩いていられるんだから。