「あ」
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
見たい映画があるから一緒に行こうと誘われたある日の日曜日。
ちなみに椎名くんにはまだこれがデートだという認識は多分ない。彼にとっては私はただの仲のいいクラスメイト程度だと思われる。
まあ、私としても同じような感覚なんだけど。
一緒に映画見て、お茶して、一緒に帰る。それだけの関係だから。
友達だよなあ、やっぱり。
見たい映画も『星名くんはどうもしない』っていうB級コメディーだったし、色気とか全くないもんな。
パンフレット買うかどうか迷って結局やめた時だった。
椎名くんの呟きに、ふと振り返ると、彼の目線の先にいた女の子も同時に振り向いた。
「あれ……椎名くん⁉︎」
「やっぱ、みっちー?」
女の子はきゅるんとした大きな瞳でサラサラロングヘアーをなびかせ、妖精のような足取りでこっちにやってきた。
誰だろう。可愛いな。
「久しぶり。元気?」
「元気! やだあ、椎名くん前より男らしくなってるー!」
ペタッとさりげなく椎名くんの腕を触るこの女。
明らかに椎名くんとの親密度をアピールしているようでなんかムカつく。
鼻にかかる声も何だかわざと女の子らしく作ってるって感じがする。
「こっちの人は? もしかして、彼女?」
「藤川は……」
「ただのクラスメイトですけど」
彼女じゃないって椎名くんに言われるのも癪だったから口を挟んでしまった。
うーん、何だろう。心がトゲトゲしくなっちゃうな。
B級コメディー見たせいかな。
「なあんだ、ただのクラスメイトかあ」
女の子はきゅるんとした瞳を嫌な感じに細めた。バカにしている表情にも見える。
「椎名くん、この人は?」
「ああ、中学の時の同級生。名前は道枝だから略してみっちーって呼んでる」
「みっちーでーす! よろしくねっ!」
はい。ニガテー。
キラキラのJK。絶対自分が可愛いって自覚してるよね。いいんだけど。私には関係ないし。好きに生きたらいいけどね?
適当に頭を下げて、買わないつもりでいたパンフレットをもう一度手に取って読むフリをする。話しかけんなオーラ出したら、椎名くんたちは私の横でおしゃべりをし始めた。
「椎名くん、みっちーのこと覚えてくれてたんだ。超嬉しい!」
「忘れられないよ、みっちーのことは」
何だそれ。どういうこと? 特別な関係だったとか?
「綺麗になったな、みっちー。見違えちゃったよ」
「やだあ。照れちゃう」
そんなこと、私には一度も言ったことないよね椎名くん。
まあ、毎日会ってて急に綺麗になることはないから言われなくても当たり前だけどさ。
「せっかく久しぶりに会ったんだし、一緒にお茶でもしようよ!」
みっちーが椎名くんを誘う。私のことは眼中にありませんか。これが伝説の死語、アウトオブ眼中か!
こういう奴に限って家では「クソだりぃ〜」とか言いながらオナラ連発でのりせんべいをかじってゴロゴロしてるに違いない。
あ。やばい、親近感が湧く!
ダメだこの想像は。私の普段に近い。オナラは連発してないけども。
「ごめん、みっちー。今日は藤川と一緒に来てるからさ」
モヤモヤしてたら、椎名くんが迷わずキッパリとそう言った。
何だそのイケメン発言。
椎名くんらしくないな!
私はパンフレットで顔を隠した。
くそっ、ニヤニヤしてしまう!
「ええ〜っ。一緒に行きたい〜。みっちーも連れてって? いいよね、藤川さん」
いいわけないだろ。空気読め。
こいつのおかげですっかり真顔になれたわ。
私はパンフレットを下ろして能面ヅラを見せながら言った。
「じゃあ、二人でどうぞ。私は人見知りしちゃうから帰るわ。私がいない方が二人も楽しいと思うし」
さあどうする椎名くん。
私とこの子、どっちを取るの?
……なんてね。
どうせ私はただのクラスメイトだから。
多分あとで捨てちゃうと思うけど、このパンフレットを買いに行くフリしてここを離れよう。それから一人で家に帰ってのんびりのりせんべいでも食べよう。
モヤモヤしすぎてもう限界。
どうせ私はただのクラスメイトだから!
「待てよ、藤川!」
すると、椎名くんが私の腕を掴んで引き止めた……だと⁉︎
「なんで勝手に帰んの。俺は藤川といたいんだけど」
ちょ、ま、ま、待てや!
何じゃそりゃああああ!
耳まで火照る。体が内側からジンジン熱い。
椎名くん、どうした⁉︎
君はそんなキャラじゃなかったはずなのに。
これじゃ毒も吐けやしない。
私の毒気を抜いてどうする気だ。私から毒を抜いて何になる⁉︎
すると、みっちーが椎名くんの腕を引っ張った。
「もう、椎名くんってば。帰るって言ってるんだから帰らせればいいのに〜」
……てめえが帰れや、このクソぶりっ子が!!
あ。特大の毒出た。
◇
結局、椎名くんはみっちーとその場でバイバイした。
そして今は私と二人でカフェにいる。
こうなるとおかしなもので、悪いことしちゃったような気持ちになる。
「……良かったの? みっちーとお茶しなくて」
上目遣いに尋ねると、椎名くんは当然というような顔をして頷く。
「いいんだよ、今日は藤川と約束してたんだから」
「でも、久しぶりに会ったんでしょ? 私となんてほぼ毎日会えるのに」
「あ、ほんとだ。気が付かなかった」
椎名くんはふにゃっと笑った。
これは優しさなのか? ただのバカなのか?
優しさだったら少し好感度上がるんだけどな。椎名くんは読めない男だ。もしかしたらただのバカかもしれない。
私はカフェオレにミルクを足してくるくるとかき混ぜた。
「可愛い子だったね。もしかして、椎名くんの元カノだったりした……?」
嫉妬の塊みたいな発言だったかな。
すぐに後悔してしまう。
過去のことなんか気にしなくても、今は私といることを選んでいるんだから、それでいいじゃない。
いや、そもそも私はそんなことを気にする立場じゃない。
やだな。
あの子がいなくなったのに、ずっとモヤモヤしてる。
すると、椎名くんがバフッと笑った。
彼の飲んでいたコーヒーがちょっと飛んでテーブルを汚した。
「何がおかしいの?」
「えー。だってありえないよ。みっちーが俺の元カノだなんて」
テーブルを拭きながら椎名くんは言う。
「あいつ、男だもん」
ん?
んんん?
今、難解なことを聞いたような気がする。
今度は私がカフェオレをこぼしそうになった。
「男?」
「うん。あいつの本名は道枝大吾っていうんだ。女装が趣味なんだってさ。あんなインパクトあるやつ、忘れられないよ。それにしても女装のテクが上がっててびっくりしたなー。マジで綺麗になっててさ」
忘れられないって、そういう意味でか。
綺麗になったって褒めた理由も、そういうこと?
どうりであんな美少女のお誘いを迷いなく断ったわけだ。
「まあ、いくら綺麗でもそっちの道には興味ないからなあ」
「なーんだ、そうだったんだ」
私はようやく心から笑えた。
口の中のカフェオレがやけに甘い。ミルク入れすぎたかな。
そんな私を見つめながら、椎名くんは頬杖をついた姿勢でふにゃっと笑った。
「でも、もしもみっちーが本当の女の子でも、俺は藤川を選んだけどね」
「へ? な、なんで……」
「だって、表情がくるくる変わっておもしれーんだもん。みっちーのことすごい顔で睨んでたよな。あ、こりゃみっちー殺されるなって思った」
「うそ、そんな顔してた?」
無意識って怖い。
「ほんと可愛いよな、藤川って」
「いや、それほどでも……」
私は笑顔のまま固まった。
……え、今の話のオチはどこ?
「し、椎名くん?」
「何?」
椎名くんはいつもの顔だ。可愛いだなんて爆弾発言したくせに、何でこんな普通の顔ができるんだ。
こっちはさっきの言葉の意味を問いただす勇気も出てこないのに。
「いや、何でもない……」
二人黙ってコーヒーを飲む。
……ねえ、オチは?
オチはまだですか?
どうすんのこれ。手が震える。
この緊張感に耐えられないよ!
リア充爆発しろ? ああ分かったよ、してやるよ!
「やっぱ、みっちー呼び出してくんない⁉︎」
「何で⁉︎」
この後、何故か三人で仲良くお茶した。けっこう楽しかった。
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
見たい映画があるから一緒に行こうと誘われたある日の日曜日。
ちなみに椎名くんにはまだこれがデートだという認識は多分ない。彼にとっては私はただの仲のいいクラスメイト程度だと思われる。
まあ、私としても同じような感覚なんだけど。
一緒に映画見て、お茶して、一緒に帰る。それだけの関係だから。
友達だよなあ、やっぱり。
見たい映画も『星名くんはどうもしない』っていうB級コメディーだったし、色気とか全くないもんな。
パンフレット買うかどうか迷って結局やめた時だった。
椎名くんの呟きに、ふと振り返ると、彼の目線の先にいた女の子も同時に振り向いた。
「あれ……椎名くん⁉︎」
「やっぱ、みっちー?」
女の子はきゅるんとした大きな瞳でサラサラロングヘアーをなびかせ、妖精のような足取りでこっちにやってきた。
誰だろう。可愛いな。
「久しぶり。元気?」
「元気! やだあ、椎名くん前より男らしくなってるー!」
ペタッとさりげなく椎名くんの腕を触るこの女。
明らかに椎名くんとの親密度をアピールしているようでなんかムカつく。
鼻にかかる声も何だかわざと女の子らしく作ってるって感じがする。
「こっちの人は? もしかして、彼女?」
「藤川は……」
「ただのクラスメイトですけど」
彼女じゃないって椎名くんに言われるのも癪だったから口を挟んでしまった。
うーん、何だろう。心がトゲトゲしくなっちゃうな。
B級コメディー見たせいかな。
「なあんだ、ただのクラスメイトかあ」
女の子はきゅるんとした瞳を嫌な感じに細めた。バカにしている表情にも見える。
「椎名くん、この人は?」
「ああ、中学の時の同級生。名前は道枝だから略してみっちーって呼んでる」
「みっちーでーす! よろしくねっ!」
はい。ニガテー。
キラキラのJK。絶対自分が可愛いって自覚してるよね。いいんだけど。私には関係ないし。好きに生きたらいいけどね?
適当に頭を下げて、買わないつもりでいたパンフレットをもう一度手に取って読むフリをする。話しかけんなオーラ出したら、椎名くんたちは私の横でおしゃべりをし始めた。
「椎名くん、みっちーのこと覚えてくれてたんだ。超嬉しい!」
「忘れられないよ、みっちーのことは」
何だそれ。どういうこと? 特別な関係だったとか?
「綺麗になったな、みっちー。見違えちゃったよ」
「やだあ。照れちゃう」
そんなこと、私には一度も言ったことないよね椎名くん。
まあ、毎日会ってて急に綺麗になることはないから言われなくても当たり前だけどさ。
「せっかく久しぶりに会ったんだし、一緒にお茶でもしようよ!」
みっちーが椎名くんを誘う。私のことは眼中にありませんか。これが伝説の死語、アウトオブ眼中か!
こういう奴に限って家では「クソだりぃ〜」とか言いながらオナラ連発でのりせんべいをかじってゴロゴロしてるに違いない。
あ。やばい、親近感が湧く!
ダメだこの想像は。私の普段に近い。オナラは連発してないけども。
「ごめん、みっちー。今日は藤川と一緒に来てるからさ」
モヤモヤしてたら、椎名くんが迷わずキッパリとそう言った。
何だそのイケメン発言。
椎名くんらしくないな!
私はパンフレットで顔を隠した。
くそっ、ニヤニヤしてしまう!
「ええ〜っ。一緒に行きたい〜。みっちーも連れてって? いいよね、藤川さん」
いいわけないだろ。空気読め。
こいつのおかげですっかり真顔になれたわ。
私はパンフレットを下ろして能面ヅラを見せながら言った。
「じゃあ、二人でどうぞ。私は人見知りしちゃうから帰るわ。私がいない方が二人も楽しいと思うし」
さあどうする椎名くん。
私とこの子、どっちを取るの?
……なんてね。
どうせ私はただのクラスメイトだから。
多分あとで捨てちゃうと思うけど、このパンフレットを買いに行くフリしてここを離れよう。それから一人で家に帰ってのんびりのりせんべいでも食べよう。
モヤモヤしすぎてもう限界。
どうせ私はただのクラスメイトだから!
「待てよ、藤川!」
すると、椎名くんが私の腕を掴んで引き止めた……だと⁉︎
「なんで勝手に帰んの。俺は藤川といたいんだけど」
ちょ、ま、ま、待てや!
何じゃそりゃああああ!
耳まで火照る。体が内側からジンジン熱い。
椎名くん、どうした⁉︎
君はそんなキャラじゃなかったはずなのに。
これじゃ毒も吐けやしない。
私の毒気を抜いてどうする気だ。私から毒を抜いて何になる⁉︎
すると、みっちーが椎名くんの腕を引っ張った。
「もう、椎名くんってば。帰るって言ってるんだから帰らせればいいのに〜」
……てめえが帰れや、このクソぶりっ子が!!
あ。特大の毒出た。
◇
結局、椎名くんはみっちーとその場でバイバイした。
そして今は私と二人でカフェにいる。
こうなるとおかしなもので、悪いことしちゃったような気持ちになる。
「……良かったの? みっちーとお茶しなくて」
上目遣いに尋ねると、椎名くんは当然というような顔をして頷く。
「いいんだよ、今日は藤川と約束してたんだから」
「でも、久しぶりに会ったんでしょ? 私となんてほぼ毎日会えるのに」
「あ、ほんとだ。気が付かなかった」
椎名くんはふにゃっと笑った。
これは優しさなのか? ただのバカなのか?
優しさだったら少し好感度上がるんだけどな。椎名くんは読めない男だ。もしかしたらただのバカかもしれない。
私はカフェオレにミルクを足してくるくるとかき混ぜた。
「可愛い子だったね。もしかして、椎名くんの元カノだったりした……?」
嫉妬の塊みたいな発言だったかな。
すぐに後悔してしまう。
過去のことなんか気にしなくても、今は私といることを選んでいるんだから、それでいいじゃない。
いや、そもそも私はそんなことを気にする立場じゃない。
やだな。
あの子がいなくなったのに、ずっとモヤモヤしてる。
すると、椎名くんがバフッと笑った。
彼の飲んでいたコーヒーがちょっと飛んでテーブルを汚した。
「何がおかしいの?」
「えー。だってありえないよ。みっちーが俺の元カノだなんて」
テーブルを拭きながら椎名くんは言う。
「あいつ、男だもん」
ん?
んんん?
今、難解なことを聞いたような気がする。
今度は私がカフェオレをこぼしそうになった。
「男?」
「うん。あいつの本名は道枝大吾っていうんだ。女装が趣味なんだってさ。あんなインパクトあるやつ、忘れられないよ。それにしても女装のテクが上がっててびっくりしたなー。マジで綺麗になっててさ」
忘れられないって、そういう意味でか。
綺麗になったって褒めた理由も、そういうこと?
どうりであんな美少女のお誘いを迷いなく断ったわけだ。
「まあ、いくら綺麗でもそっちの道には興味ないからなあ」
「なーんだ、そうだったんだ」
私はようやく心から笑えた。
口の中のカフェオレがやけに甘い。ミルク入れすぎたかな。
そんな私を見つめながら、椎名くんは頬杖をついた姿勢でふにゃっと笑った。
「でも、もしもみっちーが本当の女の子でも、俺は藤川を選んだけどね」
「へ? な、なんで……」
「だって、表情がくるくる変わっておもしれーんだもん。みっちーのことすごい顔で睨んでたよな。あ、こりゃみっちー殺されるなって思った」
「うそ、そんな顔してた?」
無意識って怖い。
「ほんと可愛いよな、藤川って」
「いや、それほどでも……」
私は笑顔のまま固まった。
……え、今の話のオチはどこ?
「し、椎名くん?」
「何?」
椎名くんはいつもの顔だ。可愛いだなんて爆弾発言したくせに、何でこんな普通の顔ができるんだ。
こっちはさっきの言葉の意味を問いただす勇気も出てこないのに。
「いや、何でもない……」
二人黙ってコーヒーを飲む。
……ねえ、オチは?
オチはまだですか?
どうすんのこれ。手が震える。
この緊張感に耐えられないよ!
リア充爆発しろ? ああ分かったよ、してやるよ!
「やっぱ、みっちー呼び出してくんない⁉︎」
「何で⁉︎」
この後、何故か三人で仲良くお茶した。けっこう楽しかった。
