いつもと変わり映えしない景色を、ベッドに横になりながら眺める。
朝は薄い水色から始まった空だった。昼になると、突き抜けるような青空になった。冬と比べて青が次第に濃くなってきた気がする。外は暖かくなってきていて、夏の訪れすらも感じさせるようになっているのかもしれない。自宅で引きこもっている期間が長くなった今では、空の変化を見ることが楽しみの一つになっていた。それ以外の楽しみはあまり多くはない。自室に置いてあるテレビで動画を見たり読書をしたりもするけれど、それだけで過ごすには1日も長すぎたし、体力もなさすぎたからだ。外出はできないことはないけど、感染や体力、いろんな面から見ても頻繁に行けるわけではないし、何より緊急時のことを思うと、誰かが一緒じゃないと行けないので、ほとんど外に出ることはなかった。他にも、週に何回かは訪問看護の方に来てもらって、状態を確認してもらったり、簡単なリハビリやマッサージみたいなことをするが、毎日何時間も訪問看護を受けることはできないし、お見舞いだって、そんな頻繁にきてもらえるわけじゃないし、感染症対策や私の状態のこともあって、長く話せることもない。そのため、気づけば窓の外ばかり見るようになってしまった。
私がこの病気を告げられたのは、小学生の頃だった。当時のことははっきりと記憶しているわけではない。幼かったということもあるが、病気の告知から治療といろんなことが重なりすぎて、精神的に不安定になり、その影響か一部の記憶が欠落しているからだ。
診断のきっかけは、みんなと一緒に走り回ると、極度に疲れるようになったことだった。その状況を聞いた親は、直前に引いた風邪が影響してずっと咳をしていた私の状態を合わせて、肺炎や気管支喘息と言ったものにになっているかもしれないと、急いで私をかかりつけの病院に連れていったことだ。その病院で撮ったレントゲンに写っていたのは、真っ白な肺ではなく、肥大した心臓だった。
すぐさま大きな病院を紹介され、よくわからない検査をあれこれさせられた後に、医師から告げられたのは
特発性拡張型心筋症
伝えられたその病名は、私には馴染みもなくて、ただ難しい漢字の羅列が妙に怖かったことだけは覚えている。戸惑う私に、小児科のお医者さんはしっかり目線を合わせて説明してくれた。私の心臓は働きが弱くなっていること、そのために、全身に上手に血液を送ることができず、激しい運動をすると息苦しくなってしまうこと。それを改善するために、お薬をたくさん飲んだり、時には手術をしなければいけないこと。その時に、どれほどはっきり自分の状態を理解したかは覚えていないけれど、私の反応をしっかり見ながら、どうすれば伝わるかをしっかり考えてくれた医師のことだけは今も覚えている。それからの私の人生は、今までとは全く違うようになてしまった。激しい運動は禁止され、薬を飲むことで心不全の改善を多少なりとも目指すことになった。今までに飲んだことのないような数の薬を頑張って飲んでいたにもかかわらず、心臓の状態はなかなか良くならない。日常生活を我慢して治療に励んでも、一向に改善しない自分の体に、その頃の私は常にイライラしていたし、私を腫れ物のように扱う友達や学校の先生、家族にも辟易していた。私だって、早くみんなと同じようになりたい。
結局服薬はそう長くは続けられず、悪化した心不全を改善するために、人工心臓をつけることになった。その時に教えられたのが、この病気を直すには心臓移植が必要であることだった。もちろん両親は、私が診断を下された時にその事実は知っていたんだろうけど、私自身に告げられたのは人工心臓をつける手術をする時だった。
人工心臓をつけても、それは一時凌ぎにしかならないこと、激しい運動はできないこと、血栓ができるリスクがあること、移植を待つ期間は数年単位になること。それを聞いた時は衝撃的だった。もしかしたらこのまま死ぬかもしれないと、初めて意識した時だった。もちろん、両親をはじめ、双子の姉のほのかは、そのことははじめに告知された時から知っていたようだ。けれど、病名を告げられて落ち込んでいる私に、移植の必要性まで説明することはあまりにも酷であると、家族全員が黙っていてくれたようだった。
自分の体のこととはいえ、どう受け止めてイイのかわからず、何もいえないままの私を見て、ほのかはただじっと唇を噛み締めて俯いていた。
そんな暗い状況の中でも、一つだけ朗報というか、かろうじていいことはあって、人工心臓の種類が植え込み型だったことだ。植え込み型は、長期入院する必要はなく、手術後から移植手術までは基本的には自宅療養が可能で外出等もできるということだった。昔は、人工心臓といえば大型で持ち歩く事が不可能であるため、人工心臓をつけている間は、ずっと入院していなければならない。それが最近では、植え込み型といって小さいものになっったおかげで、自宅療養ができるようになったらしい。
残り少ないかもしれない家族との時間を、自宅で過ごせることは夢のようだった、それに、あわよくば中学校にも通えるかもしれないと期待も持てた。
けれど、神様はそんなに優しくはなかった。実際は動くことはできても、学校側に医療的ケアができる人がいないという理由で、登校する事は難しかった。さらに悪いことに、人工心臓をつけて、数年は安心だと思っていたが、見る間に人工心臓で補えない他の部位の働きが悪くなってしまったのだ。仮に学校側が許してくれたとしても、今では登校するまでの体力もなければ、授業中ずっと座っておくための体力も無くなっていた。なので、必然的にずっと自宅で空を見ていることになる。今日の空の色は青が濃いだとか、夕日の沈む方角がだんだん南によって来て、季節が変わってきたんだなとか、そんなどうでもいいことばかり知る毎日だった。
そんなある日、中学校生活が始まって1ヶ月ほど経った頃だったと思う。
傾きかけたのオレンジの光と、薄いブルーが溶け合う頃「じゃ〜ん!」と言いながら、ほのかが勢いよくドアを開けて入ってきた。ツインテールにしている髪が揺れている。
「どうしたの?」
「お、今日は顔色まだイイ方だね。」
「うん、今日はだいぶ本読み進めれたよ。」
「相変わらず、本ばっかり読んでるんだね。」
「…だって、それしかできないこと、知ってるでしょ。」
「ごめんごめん、本を読める元気があってよかったよ。でね、そんなことは置いておいて、まどかにいいお話を持ってきました!じゃじゃ〜ん!お手紙です!。」
「手紙?誰からの?」
「この前、学校経由で文通することになったって話したでしょう?その相手からの手紙です!」
「わぁ!すごい!一緒に見ていい?」
「ね?そう思って、開けずに持って帰ってきたんだよ!」
そういうと、机の引き出しから鋏を持ってくると、ほのかは私のベッドの端にちょこんと座り、封筒を開封した。
薄いブルーにマーガレットがワンポイントとしてあしらわれたその封筒からは、セットであろう同じ柄の便箋が出てくる。今日の昼前の空の色と同じだな。そのことになんだか親しみを覚えた。
横になっている私にもわかりやすいように、ほのかが手紙の内容を読み上げてくれる。初めて書く手紙らしく、何を書いたらいいのか戸惑っている様子が文面から伝わってきて、なんだが微笑ましい。
「小さい鳥が遊べるってことは「たかなし」ってすごい当て字だね。」
「なんか、有名な難読名の中では有名って書いてあるけど、ほのか知ってた?」
「漢字が苦手な私が知ってるわけないでしょ。まどかは知ってたの?」
「知らなかったよ。だから、こんな名前があるなんてびっくり。それに咲だって。きっと鷹がいない原っぱにはお花がいっぱい咲いてるんだろうね。」
「ワォ…それめっちゃ可愛い名前じゃん。」
「ね。ちょっと羨ましい。」
文章自体は字を小さく書けば手紙1枚に収まってしまうほどの短い文章だけど、日常生活にそれほど変化のない私には、それだけで十分な話題になる。
「ほのかはこの手紙に返事を書くの?」
ほのかが新しい何かを始めそうなことに、私は羨ましいという気持ちをいっぱいのせてそう聞いた。
「それなんだけどぉ…」
ほのかは意味ありげに私を見てくる。
「手紙の返事って、急いでないみたいなの。今週末までに出せばいいみたいで。だから、私じゃなくても、まどかが書くのもありなんじゃないかなって思って。」
「え?私が?」
「そうそう。ね、楽しそうじゃない?」
「楽しそうっていうか、自分が嫌なこと、私に押し付けてるわけじゃないよね?」
「そんなわけないじゃん!まどかが嫌だったら、ちゃんと自分でやるよ!嫌なの?面倒?」
「嫌じゃないけど…私がほのかになるってこと?」
「ん〜まどかはまどかでいい気はするよ。先生も名前はあだ名で大丈夫ってなってたし。」
「でも、それじゃぁほのかの手紙じゃないって先生にバレる気がする…。一応私だって中学校に在籍はしてるだから、先生も私の名前知ってるはずでしょ?」
「あ…そうか…まどかでもいい気もするけど…ややこしくなったらイヤだもんね。ごめんごめん。」
「それに、私、ほのかみたいになりたいから。本当は嘘ついちゃダメなんだろうけど、ほのかの話を聞いて、ほのかとして手紙をかけたらいいなぁって思うんだ。ほのかが話してくれる中学生活を、元気な体のほのかとして。相手の子は私が病気だって知らないでしょう?だったら、手紙の中だけは元気な子として生きてみたいな。」
いつもは家族の前では明るく振る舞うと決めている私が、少し本音を漏らしてしまったことで、ほのかは途端に悲しそうな顔になった。きっと、何もできない自分が辛いのかもしれない。でも、私だっていつもほのかが羨ましいし、嫉妬しているんだ。たまには素直になったってバチは当たらないはずだ。けれど、困ったほのかの顔を長く見ているのは忍びない。私は、思い切って雰囲気を明るく変えて尋ねた。
「ねぇ、便箋ってあったっけ。」
ほのかは、ハッと気づいた顔になって、慌てて立ち上がる。
「あ、私の部屋に用意してあるよ。ちょっと待っててね。」
ほのかはいそいそと自分の部屋に向かい、しばらくして何種類かのレターセットを持ってきてくれる。そして、横になっている私にも見えやすいように、引っ張り出したサイドテーブルの上に並べてくれた。そのレターセットはどれもキャラクターものばかり。ミッキーにスヌーピーにキティーちゃんにムーミンまで。
「えっと…ほのかって、キャラクター物好きだったっけ?」
「いやぁそうじゃないんだけどさ、買いに行った先に押し花みたいなおばちゃんぽいのか、こうゆうキャラクター物しかなくて。せっかくなら可愛い方がいいかなって思って、キャラクター物を何種類か買ってみたんだけど…お気に召しませんでしたか?」
「気に入らないっていうかなんていうか…」
正直、私だってレターセットの良し悪しなんてわからない。けれど、マーガレットがワンポイントとして入れられている大人びた便箋に、キャラクター物で返すのは、自分がお子様だといっているようで、なんだかいただけない。
「このレターセットどこで買ったの?」
「駅前の100均だけど。」
「100均!?」
「え?だめ?」
ほのかはこの文通にあまり乗り気ではなかったんだろうか。100均のレターセットとは、気合が入ってないにも程がある。私だったら、もっとたくさん売ってそうな文具店に行って、色々悩みながら買うのに。
「ねぇ、私のお小遣い持っていっていいから、もっと大人びたもの買ってきて。」
そう言ってゆっくりと立ち上がってチェストの所まで行こうとしたが、途端に眩暈と息苦しさが襲ってくる。思っても無い出来事に、自分でも気づかないうちに興奮していた上に急に動いたせいで、自分の心臓が対応できなかったようだ。
胸を押さえて蹲る私に、ほのかは慌て手を差し伸べてくれた。
「大丈夫!?」
「…ごめ…これくらいだいじょうぶとおもったんだけど…。」
「ベッド戻って。」
肩を抱き抱えるようにして、私をベッドまで連れていってくれる。
ベッドに横になったことで、幾分マシになり、冷や汗が引いた。
「なんか、ごめん…。」
何もかもが思い通りにいかないことに、悔しくて涙が出てくる。ほのかも、私の目の端に浮かぶ涙に気付いただろうけど、あえて気づかないふりをしてくれたようで、取り繕ったような笑顔で話を元に戻した。
「なんで、謝んのよ。謝るのはこっちのほうだよ。このレターセットじゃダメだったんだよね?じゃぁ、文房具店の方でレターセットを見てくるよ。どんなのがいいとかある?」
「…何があるかわかんない…でも、大人っぽいのがいいな…。だって、すごく大人っぽい便箋でお手紙もらったから…」
「わかった。じゃぁ、明日の学校帰りにちょっと買ってくるから待っててね。」
そう言って、まどかは部屋を出ていった。
一人になると、急に嫌悪感に包まれる。自分でできないことをしてくれているほのかにまた甘えてしまった。せっかく用意してくれていた便箋だったのに、書い直せだなんて。またレターセットを買いに行かなきゃ行けないなんて、本当は面倒だったり、嫌だったのかもしれない。それなのに、結局最後には気を使わせてしまったのだ。
上手く処理する事のできない気持ちを抱えたまま窓の外を見ると、そこには燃えるような真赤な太陽が、西に沈みかけているところだった。
翌日、日も沈みかけた頃になって、ほのかは約束通り新たにレターセットを買って持ってきてくれた。
「今回のは、大人っぽいのにしてみました!」
そう言って差し出されたレターセットは2種類。レース模様の入った白地に桜の花びらがワンポイントで入ったものと、空を思わせる水色に新緑の緑の葉がプリントされたものだった。
「文房具店でレターセットを買うと結構高いんだね。」
お金なくてさ、そんなにいろんな種類は買えなくてごめんねと、謝りながらベッドサイドに椅子を持ってきて座る。
私は手渡されたレターセットを手に取ってじっくりとみた。どちらも小学生が選ぶようなものと違って、大人っぽくて素敵だ。特に、桜がワンポイントで入っているのが気に入った。もらった手紙もマーガレットのワンポイントだし、似たような感じにはなるけれど、相手の子のセンスに合うのも桜の方かもしれない。けれど、もう5月に入っている今の季節に桜は少しおかしいんじゃないかと、不安になった。
「素敵なレターセットだね。わざわざ、ありがとう。」
「どういたしまして!どっちがいいとかある?」
「えっとね…私は桜の方が好きなんだけど…ちょっと季節外れかなぁ?」
「そうだねぇ、もう5月だもんね。でも、好きなものでいいんじゃない?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ!それに細かいことを気にしてても始まらないしね。」
ほのかはイタズラっぽく笑うと、桜柄の方のレターセットを開封し、中から便箋を取り出し、机の上に置いた。
「ねぇ、こっちに来れる?」
「うん。」
私は、まずベットから足を下ろすと、手で支えながらゆっくりと体を起こしていく。急に動くと、血圧が下がりすぎてふらついたり、失神したりしてしまう可能性があるので、動く時はゆっくりだ。たった2〜3歩の距離でも、私は人よりも倍、いやもっと時間がかかってしまう。ましてや、昨日は急に動いたせいもあって、ほのかに心配をかけてしまったし、気も遣わせてしまった。昨日のようにはなるまいと、いつもにも増してゆっくり慎重に動く。そんな私を、ほのかはじっと見つめてくれていた。
やっとの思いで机の前の椅子に座る。
すると、ほのかは何も言わずパジャマ姿の私にカーディガンを掛けてくれた。そして、ベッドサイドに置いた椅子を、机の前の私の椅子に並ぶように少しだけずらすと、一緒に並ぶような格好で座った。
「このレターセット、やっぱりとっても綺麗。」
「気に入ってくれたみたいでよかった。」
二人の目線がぶつかって、コロコロ笑う。
「返事、今すぐ書けそう?」
「今?」
ほのかがそっと微笑み掛けてくれる。
昨日はあれから気分が塞いでしまって、返事の事なんて考えもしなかった。そんな後悔する気持ちから、ついついつっけんどんに答えてしまう。
「何も考えてなかったから書けないよ。」
「そっかぁ、急かしすぎちゃった?ごめん。」
眉毛を下げるほのかを見て、また私はやってしまったと思った。どうして、上手く感情をコントロールできないのか。でも、ここで暗くなっては昨日と同じだ。気を取り直して、明るく問う。
「私がほのかになったつもりで書きたいって言ったけど…もっと中学生生活について教えてくれる?私部活なんて入ってないし…ほのかの話は聞くけど、中学校がどうゆうところとか、わかってない気がする。ほのかの話を聞かないと、ほのかになりきれないよ。」
手紙の中で部活を問う質問がされていたけれど、中学にすら行けていない私は当然部活にも入れていないから、部活の話はしづらい。けれど、ほのかとして返事を書くなら、ほのかが感じてることをきちんと言葉にしたいと思った。正直にいうと、はじめは、ほのかになったつもりで書こうと思ってたけど、よくよく考えると、それも何か違う気がする。病気の自分は嫌だけど、元気な自分でいられるなら、自分は自分でいたい。でも、そんなことは許されない気がした。
「それなんだけどさぁ…」
まどかは、私の顔色を伺いながら、上目遣いで話してくる。
「昨日、まどかは元気なほのかとして書きたいって言ってたけど、まどかは自分が中学生だったら…って想像して書きたいんじゃない?私のフリをするぐらいなら、私が書けばいいんだし。まどかはまどかのままで、名前だけ私にすればいいよ。知らないことがあるなら、そのまま想像で書けばいい。そりゃ聞いてくれたらどんな話でもするけど、私になる必要なんてないよ。」
「嘘を書くの?」
「まぁ、嘘と言えば嘘だけど、どうせ会わない相手なんだから、嘘か本当かなんでわかりっこないって。手紙の中では、まどかはなりたかった自分になればいいよ。」
「なりたかった自分…?」
「そう!まどかだって、入りたい部活があったでしょ?そこに入ったことにすればいいじゃん。部活以外の話だって、中学校に入っていたら何がしたかったかとか、どんな風に過ごしてだろうって考えて書けば良いんじゃないかな?」
正直に言うと、嘘を書くことには抵抗があった。けれど、私だって普通の中学生になってみたいという気持ちが優った。
そう、手紙の中なら私は誰に気を遣ってもらわなくても、普通の中学生になれるんだ。
ほのかの提案に、思いがけず中学生になった自分のイメージが広がる。
なるはずだった元気な自分を思い描いて、よし返事を書くぞと決めたちょうどその時、階下から母の声が聞こえてきた。どうやら食事の用意ができたようだ。
気づけば、下の方にあった太陽もすっかり沈み、部屋の中は手元を照らす電気以外は夕闇に沈んでいた。
私は一旦手紙を書き始めるのをやめて、「今日は、体調がいいからみんなと一緒にご飯を食べるね。」と、ほのかの手をとり、二人してゆっくりと階下に降りていった。
翌朝、私は体調を見ながらもう一度机の前に座った。昨日は結局早々に寝ることになってしまった。本当は食後に手紙を書く予定だったけれど、調子がいいからといって無理はしてはいけないと、ほのかをはじめとして家族みんなから注意されてしまったからだ。
「返事は急いで無いから。」
そうきっぱりした口調でいうと、ほのかは私を無理矢理ベットに寝かせて、電気を消してしまった。
「さてと、返事を書こうかな。」
白い便箋に桜が映えている便箋を広げて、お気に入りのペンギン南極ブルーと書かれた色のペンを手に取る。少し変わったネーミングのこの青色は、桜を映す湖面のような静かな蒼だ。
まず初めに、はじめましてに、自分の名前の紹介。その後に何を書けばいいだろうと思った時、まずパッと浮かんだのは、一昨日にほのかとした会話のことだった。「小鳥遊 咲」って素敵な名前。そう書いたらきっと喜んでもらえるはず。あとは、せっかく質問をしてくれたのだから、それに答えなくては。私は部活なんてやっていないけど、やりたかったことならある。全部を嘘を書くのは申し訳ないから、少しだけ、ほんの少しだけ手紙の中になりたかった自分を忍ばせた。
小鳥遊 咲 さま
初めまして。お手紙ありがとう。私は相田ほのかっていいます。小鳥遊さんみたいにオシャレな名前じゃなくて恥ずかしいです。
とても素敵なお名前ですね。小鳥遊 咲って、花が咲き乱れる野原を小鳥たちが楽しそうに空を舞っているみたい。
私は部活には入っていません。正直なところ迷っていて、吹奏楽部がいいかなって思ってたけど、仲のいい友達がバスケ部に入るっていうから…。でも、私は運動が苦手だから、バスケは絶対嫌だなって。でも、一人で吹奏楽部に入る勇気もなくて…。そうしているうちに、入る期間が過ぎちゃって。今からでも入れるって聞いたけど、なんだかついていけないんじゃないかって思うと、心配で何もできていません。
自分のことばっかり書いてすいません。手紙って、何をどう書けばいいのかよく分からないくて。うちの担任は、自分のことをしっかり書けばいいのよって言ってたけど、相手の反応もわかんないから、自分のことしか書けないよね。でも、流石に自分のことばかり話しすぎ?次は小鳥遊さんのことももっと知りたいな。苦手な科目とかある?私は、英語が苦手。小学校の時はまだ楽しかったけど、中学に入ってから、文法とか意味不明で。あ、また私の話ばっかりしちゃった。
なんかいっぱい書いてごめんね、気づいたら敬語でもなくなってたし。
学校の授業とはいえ、小鳥遊さんとお手紙交換できて嬉しいな。お返事待ってます。
相田 ほのか より
朝は薄い水色から始まった空だった。昼になると、突き抜けるような青空になった。冬と比べて青が次第に濃くなってきた気がする。外は暖かくなってきていて、夏の訪れすらも感じさせるようになっているのかもしれない。自宅で引きこもっている期間が長くなった今では、空の変化を見ることが楽しみの一つになっていた。それ以外の楽しみはあまり多くはない。自室に置いてあるテレビで動画を見たり読書をしたりもするけれど、それだけで過ごすには1日も長すぎたし、体力もなさすぎたからだ。外出はできないことはないけど、感染や体力、いろんな面から見ても頻繁に行けるわけではないし、何より緊急時のことを思うと、誰かが一緒じゃないと行けないので、ほとんど外に出ることはなかった。他にも、週に何回かは訪問看護の方に来てもらって、状態を確認してもらったり、簡単なリハビリやマッサージみたいなことをするが、毎日何時間も訪問看護を受けることはできないし、お見舞いだって、そんな頻繁にきてもらえるわけじゃないし、感染症対策や私の状態のこともあって、長く話せることもない。そのため、気づけば窓の外ばかり見るようになってしまった。
私がこの病気を告げられたのは、小学生の頃だった。当時のことははっきりと記憶しているわけではない。幼かったということもあるが、病気の告知から治療といろんなことが重なりすぎて、精神的に不安定になり、その影響か一部の記憶が欠落しているからだ。
診断のきっかけは、みんなと一緒に走り回ると、極度に疲れるようになったことだった。その状況を聞いた親は、直前に引いた風邪が影響してずっと咳をしていた私の状態を合わせて、肺炎や気管支喘息と言ったものにになっているかもしれないと、急いで私をかかりつけの病院に連れていったことだ。その病院で撮ったレントゲンに写っていたのは、真っ白な肺ではなく、肥大した心臓だった。
すぐさま大きな病院を紹介され、よくわからない検査をあれこれさせられた後に、医師から告げられたのは
特発性拡張型心筋症
伝えられたその病名は、私には馴染みもなくて、ただ難しい漢字の羅列が妙に怖かったことだけは覚えている。戸惑う私に、小児科のお医者さんはしっかり目線を合わせて説明してくれた。私の心臓は働きが弱くなっていること、そのために、全身に上手に血液を送ることができず、激しい運動をすると息苦しくなってしまうこと。それを改善するために、お薬をたくさん飲んだり、時には手術をしなければいけないこと。その時に、どれほどはっきり自分の状態を理解したかは覚えていないけれど、私の反応をしっかり見ながら、どうすれば伝わるかをしっかり考えてくれた医師のことだけは今も覚えている。それからの私の人生は、今までとは全く違うようになてしまった。激しい運動は禁止され、薬を飲むことで心不全の改善を多少なりとも目指すことになった。今までに飲んだことのないような数の薬を頑張って飲んでいたにもかかわらず、心臓の状態はなかなか良くならない。日常生活を我慢して治療に励んでも、一向に改善しない自分の体に、その頃の私は常にイライラしていたし、私を腫れ物のように扱う友達や学校の先生、家族にも辟易していた。私だって、早くみんなと同じようになりたい。
結局服薬はそう長くは続けられず、悪化した心不全を改善するために、人工心臓をつけることになった。その時に教えられたのが、この病気を直すには心臓移植が必要であることだった。もちろん両親は、私が診断を下された時にその事実は知っていたんだろうけど、私自身に告げられたのは人工心臓をつける手術をする時だった。
人工心臓をつけても、それは一時凌ぎにしかならないこと、激しい運動はできないこと、血栓ができるリスクがあること、移植を待つ期間は数年単位になること。それを聞いた時は衝撃的だった。もしかしたらこのまま死ぬかもしれないと、初めて意識した時だった。もちろん、両親をはじめ、双子の姉のほのかは、そのことははじめに告知された時から知っていたようだ。けれど、病名を告げられて落ち込んでいる私に、移植の必要性まで説明することはあまりにも酷であると、家族全員が黙っていてくれたようだった。
自分の体のこととはいえ、どう受け止めてイイのかわからず、何もいえないままの私を見て、ほのかはただじっと唇を噛み締めて俯いていた。
そんな暗い状況の中でも、一つだけ朗報というか、かろうじていいことはあって、人工心臓の種類が植え込み型だったことだ。植え込み型は、長期入院する必要はなく、手術後から移植手術までは基本的には自宅療養が可能で外出等もできるということだった。昔は、人工心臓といえば大型で持ち歩く事が不可能であるため、人工心臓をつけている間は、ずっと入院していなければならない。それが最近では、植え込み型といって小さいものになっったおかげで、自宅療養ができるようになったらしい。
残り少ないかもしれない家族との時間を、自宅で過ごせることは夢のようだった、それに、あわよくば中学校にも通えるかもしれないと期待も持てた。
けれど、神様はそんなに優しくはなかった。実際は動くことはできても、学校側に医療的ケアができる人がいないという理由で、登校する事は難しかった。さらに悪いことに、人工心臓をつけて、数年は安心だと思っていたが、見る間に人工心臓で補えない他の部位の働きが悪くなってしまったのだ。仮に学校側が許してくれたとしても、今では登校するまでの体力もなければ、授業中ずっと座っておくための体力も無くなっていた。なので、必然的にずっと自宅で空を見ていることになる。今日の空の色は青が濃いだとか、夕日の沈む方角がだんだん南によって来て、季節が変わってきたんだなとか、そんなどうでもいいことばかり知る毎日だった。
そんなある日、中学校生活が始まって1ヶ月ほど経った頃だったと思う。
傾きかけたのオレンジの光と、薄いブルーが溶け合う頃「じゃ〜ん!」と言いながら、ほのかが勢いよくドアを開けて入ってきた。ツインテールにしている髪が揺れている。
「どうしたの?」
「お、今日は顔色まだイイ方だね。」
「うん、今日はだいぶ本読み進めれたよ。」
「相変わらず、本ばっかり読んでるんだね。」
「…だって、それしかできないこと、知ってるでしょ。」
「ごめんごめん、本を読める元気があってよかったよ。でね、そんなことは置いておいて、まどかにいいお話を持ってきました!じゃじゃ〜ん!お手紙です!。」
「手紙?誰からの?」
「この前、学校経由で文通することになったって話したでしょう?その相手からの手紙です!」
「わぁ!すごい!一緒に見ていい?」
「ね?そう思って、開けずに持って帰ってきたんだよ!」
そういうと、机の引き出しから鋏を持ってくると、ほのかは私のベッドの端にちょこんと座り、封筒を開封した。
薄いブルーにマーガレットがワンポイントとしてあしらわれたその封筒からは、セットであろう同じ柄の便箋が出てくる。今日の昼前の空の色と同じだな。そのことになんだか親しみを覚えた。
横になっている私にもわかりやすいように、ほのかが手紙の内容を読み上げてくれる。初めて書く手紙らしく、何を書いたらいいのか戸惑っている様子が文面から伝わってきて、なんだが微笑ましい。
「小さい鳥が遊べるってことは「たかなし」ってすごい当て字だね。」
「なんか、有名な難読名の中では有名って書いてあるけど、ほのか知ってた?」
「漢字が苦手な私が知ってるわけないでしょ。まどかは知ってたの?」
「知らなかったよ。だから、こんな名前があるなんてびっくり。それに咲だって。きっと鷹がいない原っぱにはお花がいっぱい咲いてるんだろうね。」
「ワォ…それめっちゃ可愛い名前じゃん。」
「ね。ちょっと羨ましい。」
文章自体は字を小さく書けば手紙1枚に収まってしまうほどの短い文章だけど、日常生活にそれほど変化のない私には、それだけで十分な話題になる。
「ほのかはこの手紙に返事を書くの?」
ほのかが新しい何かを始めそうなことに、私は羨ましいという気持ちをいっぱいのせてそう聞いた。
「それなんだけどぉ…」
ほのかは意味ありげに私を見てくる。
「手紙の返事って、急いでないみたいなの。今週末までに出せばいいみたいで。だから、私じゃなくても、まどかが書くのもありなんじゃないかなって思って。」
「え?私が?」
「そうそう。ね、楽しそうじゃない?」
「楽しそうっていうか、自分が嫌なこと、私に押し付けてるわけじゃないよね?」
「そんなわけないじゃん!まどかが嫌だったら、ちゃんと自分でやるよ!嫌なの?面倒?」
「嫌じゃないけど…私がほのかになるってこと?」
「ん〜まどかはまどかでいい気はするよ。先生も名前はあだ名で大丈夫ってなってたし。」
「でも、それじゃぁほのかの手紙じゃないって先生にバレる気がする…。一応私だって中学校に在籍はしてるだから、先生も私の名前知ってるはずでしょ?」
「あ…そうか…まどかでもいい気もするけど…ややこしくなったらイヤだもんね。ごめんごめん。」
「それに、私、ほのかみたいになりたいから。本当は嘘ついちゃダメなんだろうけど、ほのかの話を聞いて、ほのかとして手紙をかけたらいいなぁって思うんだ。ほのかが話してくれる中学生活を、元気な体のほのかとして。相手の子は私が病気だって知らないでしょう?だったら、手紙の中だけは元気な子として生きてみたいな。」
いつもは家族の前では明るく振る舞うと決めている私が、少し本音を漏らしてしまったことで、ほのかは途端に悲しそうな顔になった。きっと、何もできない自分が辛いのかもしれない。でも、私だっていつもほのかが羨ましいし、嫉妬しているんだ。たまには素直になったってバチは当たらないはずだ。けれど、困ったほのかの顔を長く見ているのは忍びない。私は、思い切って雰囲気を明るく変えて尋ねた。
「ねぇ、便箋ってあったっけ。」
ほのかは、ハッと気づいた顔になって、慌てて立ち上がる。
「あ、私の部屋に用意してあるよ。ちょっと待っててね。」
ほのかはいそいそと自分の部屋に向かい、しばらくして何種類かのレターセットを持ってきてくれる。そして、横になっている私にも見えやすいように、引っ張り出したサイドテーブルの上に並べてくれた。そのレターセットはどれもキャラクターものばかり。ミッキーにスヌーピーにキティーちゃんにムーミンまで。
「えっと…ほのかって、キャラクター物好きだったっけ?」
「いやぁそうじゃないんだけどさ、買いに行った先に押し花みたいなおばちゃんぽいのか、こうゆうキャラクター物しかなくて。せっかくなら可愛い方がいいかなって思って、キャラクター物を何種類か買ってみたんだけど…お気に召しませんでしたか?」
「気に入らないっていうかなんていうか…」
正直、私だってレターセットの良し悪しなんてわからない。けれど、マーガレットがワンポイントとして入れられている大人びた便箋に、キャラクター物で返すのは、自分がお子様だといっているようで、なんだかいただけない。
「このレターセットどこで買ったの?」
「駅前の100均だけど。」
「100均!?」
「え?だめ?」
ほのかはこの文通にあまり乗り気ではなかったんだろうか。100均のレターセットとは、気合が入ってないにも程がある。私だったら、もっとたくさん売ってそうな文具店に行って、色々悩みながら買うのに。
「ねぇ、私のお小遣い持っていっていいから、もっと大人びたもの買ってきて。」
そう言ってゆっくりと立ち上がってチェストの所まで行こうとしたが、途端に眩暈と息苦しさが襲ってくる。思っても無い出来事に、自分でも気づかないうちに興奮していた上に急に動いたせいで、自分の心臓が対応できなかったようだ。
胸を押さえて蹲る私に、ほのかは慌て手を差し伸べてくれた。
「大丈夫!?」
「…ごめ…これくらいだいじょうぶとおもったんだけど…。」
「ベッド戻って。」
肩を抱き抱えるようにして、私をベッドまで連れていってくれる。
ベッドに横になったことで、幾分マシになり、冷や汗が引いた。
「なんか、ごめん…。」
何もかもが思い通りにいかないことに、悔しくて涙が出てくる。ほのかも、私の目の端に浮かぶ涙に気付いただろうけど、あえて気づかないふりをしてくれたようで、取り繕ったような笑顔で話を元に戻した。
「なんで、謝んのよ。謝るのはこっちのほうだよ。このレターセットじゃダメだったんだよね?じゃぁ、文房具店の方でレターセットを見てくるよ。どんなのがいいとかある?」
「…何があるかわかんない…でも、大人っぽいのがいいな…。だって、すごく大人っぽい便箋でお手紙もらったから…」
「わかった。じゃぁ、明日の学校帰りにちょっと買ってくるから待っててね。」
そう言って、まどかは部屋を出ていった。
一人になると、急に嫌悪感に包まれる。自分でできないことをしてくれているほのかにまた甘えてしまった。せっかく用意してくれていた便箋だったのに、書い直せだなんて。またレターセットを買いに行かなきゃ行けないなんて、本当は面倒だったり、嫌だったのかもしれない。それなのに、結局最後には気を使わせてしまったのだ。
上手く処理する事のできない気持ちを抱えたまま窓の外を見ると、そこには燃えるような真赤な太陽が、西に沈みかけているところだった。
翌日、日も沈みかけた頃になって、ほのかは約束通り新たにレターセットを買って持ってきてくれた。
「今回のは、大人っぽいのにしてみました!」
そう言って差し出されたレターセットは2種類。レース模様の入った白地に桜の花びらがワンポイントで入ったものと、空を思わせる水色に新緑の緑の葉がプリントされたものだった。
「文房具店でレターセットを買うと結構高いんだね。」
お金なくてさ、そんなにいろんな種類は買えなくてごめんねと、謝りながらベッドサイドに椅子を持ってきて座る。
私は手渡されたレターセットを手に取ってじっくりとみた。どちらも小学生が選ぶようなものと違って、大人っぽくて素敵だ。特に、桜がワンポイントで入っているのが気に入った。もらった手紙もマーガレットのワンポイントだし、似たような感じにはなるけれど、相手の子のセンスに合うのも桜の方かもしれない。けれど、もう5月に入っている今の季節に桜は少しおかしいんじゃないかと、不安になった。
「素敵なレターセットだね。わざわざ、ありがとう。」
「どういたしまして!どっちがいいとかある?」
「えっとね…私は桜の方が好きなんだけど…ちょっと季節外れかなぁ?」
「そうだねぇ、もう5月だもんね。でも、好きなものでいいんじゃない?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ!それに細かいことを気にしてても始まらないしね。」
ほのかはイタズラっぽく笑うと、桜柄の方のレターセットを開封し、中から便箋を取り出し、机の上に置いた。
「ねぇ、こっちに来れる?」
「うん。」
私は、まずベットから足を下ろすと、手で支えながらゆっくりと体を起こしていく。急に動くと、血圧が下がりすぎてふらついたり、失神したりしてしまう可能性があるので、動く時はゆっくりだ。たった2〜3歩の距離でも、私は人よりも倍、いやもっと時間がかかってしまう。ましてや、昨日は急に動いたせいもあって、ほのかに心配をかけてしまったし、気も遣わせてしまった。昨日のようにはなるまいと、いつもにも増してゆっくり慎重に動く。そんな私を、ほのかはじっと見つめてくれていた。
やっとの思いで机の前の椅子に座る。
すると、ほのかは何も言わずパジャマ姿の私にカーディガンを掛けてくれた。そして、ベッドサイドに置いた椅子を、机の前の私の椅子に並ぶように少しだけずらすと、一緒に並ぶような格好で座った。
「このレターセット、やっぱりとっても綺麗。」
「気に入ってくれたみたいでよかった。」
二人の目線がぶつかって、コロコロ笑う。
「返事、今すぐ書けそう?」
「今?」
ほのかがそっと微笑み掛けてくれる。
昨日はあれから気分が塞いでしまって、返事の事なんて考えもしなかった。そんな後悔する気持ちから、ついついつっけんどんに答えてしまう。
「何も考えてなかったから書けないよ。」
「そっかぁ、急かしすぎちゃった?ごめん。」
眉毛を下げるほのかを見て、また私はやってしまったと思った。どうして、上手く感情をコントロールできないのか。でも、ここで暗くなっては昨日と同じだ。気を取り直して、明るく問う。
「私がほのかになったつもりで書きたいって言ったけど…もっと中学生生活について教えてくれる?私部活なんて入ってないし…ほのかの話は聞くけど、中学校がどうゆうところとか、わかってない気がする。ほのかの話を聞かないと、ほのかになりきれないよ。」
手紙の中で部活を問う質問がされていたけれど、中学にすら行けていない私は当然部活にも入れていないから、部活の話はしづらい。けれど、ほのかとして返事を書くなら、ほのかが感じてることをきちんと言葉にしたいと思った。正直にいうと、はじめは、ほのかになったつもりで書こうと思ってたけど、よくよく考えると、それも何か違う気がする。病気の自分は嫌だけど、元気な自分でいられるなら、自分は自分でいたい。でも、そんなことは許されない気がした。
「それなんだけどさぁ…」
まどかは、私の顔色を伺いながら、上目遣いで話してくる。
「昨日、まどかは元気なほのかとして書きたいって言ってたけど、まどかは自分が中学生だったら…って想像して書きたいんじゃない?私のフリをするぐらいなら、私が書けばいいんだし。まどかはまどかのままで、名前だけ私にすればいいよ。知らないことがあるなら、そのまま想像で書けばいい。そりゃ聞いてくれたらどんな話でもするけど、私になる必要なんてないよ。」
「嘘を書くの?」
「まぁ、嘘と言えば嘘だけど、どうせ会わない相手なんだから、嘘か本当かなんでわかりっこないって。手紙の中では、まどかはなりたかった自分になればいいよ。」
「なりたかった自分…?」
「そう!まどかだって、入りたい部活があったでしょ?そこに入ったことにすればいいじゃん。部活以外の話だって、中学校に入っていたら何がしたかったかとか、どんな風に過ごしてだろうって考えて書けば良いんじゃないかな?」
正直に言うと、嘘を書くことには抵抗があった。けれど、私だって普通の中学生になってみたいという気持ちが優った。
そう、手紙の中なら私は誰に気を遣ってもらわなくても、普通の中学生になれるんだ。
ほのかの提案に、思いがけず中学生になった自分のイメージが広がる。
なるはずだった元気な自分を思い描いて、よし返事を書くぞと決めたちょうどその時、階下から母の声が聞こえてきた。どうやら食事の用意ができたようだ。
気づけば、下の方にあった太陽もすっかり沈み、部屋の中は手元を照らす電気以外は夕闇に沈んでいた。
私は一旦手紙を書き始めるのをやめて、「今日は、体調がいいからみんなと一緒にご飯を食べるね。」と、ほのかの手をとり、二人してゆっくりと階下に降りていった。
翌朝、私は体調を見ながらもう一度机の前に座った。昨日は結局早々に寝ることになってしまった。本当は食後に手紙を書く予定だったけれど、調子がいいからといって無理はしてはいけないと、ほのかをはじめとして家族みんなから注意されてしまったからだ。
「返事は急いで無いから。」
そうきっぱりした口調でいうと、ほのかは私を無理矢理ベットに寝かせて、電気を消してしまった。
「さてと、返事を書こうかな。」
白い便箋に桜が映えている便箋を広げて、お気に入りのペンギン南極ブルーと書かれた色のペンを手に取る。少し変わったネーミングのこの青色は、桜を映す湖面のような静かな蒼だ。
まず初めに、はじめましてに、自分の名前の紹介。その後に何を書けばいいだろうと思った時、まずパッと浮かんだのは、一昨日にほのかとした会話のことだった。「小鳥遊 咲」って素敵な名前。そう書いたらきっと喜んでもらえるはず。あとは、せっかく質問をしてくれたのだから、それに答えなくては。私は部活なんてやっていないけど、やりたかったことならある。全部を嘘を書くのは申し訳ないから、少しだけ、ほんの少しだけ手紙の中になりたかった自分を忍ばせた。
小鳥遊 咲 さま
初めまして。お手紙ありがとう。私は相田ほのかっていいます。小鳥遊さんみたいにオシャレな名前じゃなくて恥ずかしいです。
とても素敵なお名前ですね。小鳥遊 咲って、花が咲き乱れる野原を小鳥たちが楽しそうに空を舞っているみたい。
私は部活には入っていません。正直なところ迷っていて、吹奏楽部がいいかなって思ってたけど、仲のいい友達がバスケ部に入るっていうから…。でも、私は運動が苦手だから、バスケは絶対嫌だなって。でも、一人で吹奏楽部に入る勇気もなくて…。そうしているうちに、入る期間が過ぎちゃって。今からでも入れるって聞いたけど、なんだかついていけないんじゃないかって思うと、心配で何もできていません。
自分のことばっかり書いてすいません。手紙って、何をどう書けばいいのかよく分からないくて。うちの担任は、自分のことをしっかり書けばいいのよって言ってたけど、相手の反応もわかんないから、自分のことしか書けないよね。でも、流石に自分のことばかり話しすぎ?次は小鳥遊さんのことももっと知りたいな。苦手な科目とかある?私は、英語が苦手。小学校の時はまだ楽しかったけど、中学に入ってから、文法とか意味不明で。あ、また私の話ばっかりしちゃった。
なんかいっぱい書いてごめんね、気づいたら敬語でもなくなってたし。
学校の授業とはいえ、小鳥遊さんとお手紙交換できて嬉しいな。お返事待ってます。
相田 ほのか より
