Letter~手紙がつなぐもの〜

2学期入ってすぐの手紙は9月末ごろに書いたから、便箋はススキにお月見しているウサギがワンポイントで入ってるものにして、そこに桔梗の押し花を栞にしたものと、スイカ割りの時の写真を添えた。私らしさが出て、それでいてほのかちゃんが喜んでくれるもの。手紙の交換も数回すると、私の方も余裕が出てきて少しずつ相手が喜ぶことを考えられるようになってきた。
 体育祭も過ぎ、文化祭が迫った12月初め頃、相手から再び返事が返ってきた。今回は先生たちの都合もあって、結構な間が空いてしまった。確かに、2学期は学校行事も多くて、先生も大忙しなのかもしれない。大人の事情もわかるけど、思うほどスマートに手紙を交換できないのがもどかしい。もっと頻繁にやりとりをしたいと思うのに、これじゃぁ残りあ4ヶ月ほどあると言っても、手紙のやり取りができるのは数回だけかもしれない。
 手紙のやり取りを楽しみにする私とは違って、4回目の返事が届いた頃から、普段はあまり動じないモモちゃんの様子がなんだかおかしくなった。3人で話していても、上の空っていうか。ずっと何かを考えている。
 モモちゃんの様子がおかしくなって2週間。私とみっちゃんは二人だけのLINEで、モモちゃんの様子がおかしいという話はするものの、お互いに具体的に踏み込めずにいた。
 そんなある日3人で集まってお弁当を食べている時に、我慢できなくて私は声をかけた。今日は日差しが暖かく感じるような日だけど、それでも冬の風が時折吹き抜ける中庭のベンチ周辺には誰もいなくて、聞かれる心配もない。
「モモちゃん、最近おかしいけど、どうかしたの?」
「おかしいって?」
「上の空っていうか…なんか悩んでるみたい?何かあったの?」
「悩んでるっているか…」
「なんでも、言ってみて?私達仲良しでしょ?」
「うん…ありがとう。でも、私のことじゃないから、言っていいのかわかんなくて…。」
「言っちゃってもいいよ。大丈夫、私達誰にも言わないし。」
 みっちゃんと私の言葉に、モモちゃんはしばらく黙った後、スカートのポケットから手紙を出した。しばらくずっと持ち歩いていたらしいそれは、くしゃくしゃになっている。
「これ、私が文通している子からの手紙なんだけどね。この前返ってきた分なんだけど、読んでくれる?」
 私とみっちゃんはその手紙を受け取ると一緒に読んだ。
 可愛らしいキャラクターの便箋に書かれた手紙は、私たちが普段交換しているような普通の書き出しで始まったにもかかわらず、次第に不穏さを帯びていく。もうすぐ文通が終わって関係が切れることがわかってるからだろうか、顔が見えないというだけで、相手の反応を気にせずになんでも話せるからだろうか。5枚にもわたって書かれている手紙の後半は、その全てが相手の子の悩み相談だった。いや、悩み相談というにはあまりにも可愛いかも知れない。生きる苦しさが、まるで呪詛のように綴られていた。太り過ぎている事を周りに揶揄われる事、自分の親ですらその体型だとそりゃ周りに嫌われるからと守ってくれないこと、何より痩せようと思ってもついついお菓子に手を伸ばしてしまう自分。全てが嫌、お菓子なんて大嫌い、見たくない、そんなことを思ってしまう自分が嫌い、もう死にたい。そんな言葉が手紙の中に溢れていた。
 心に暗く重いものがのしかかるけれど、それを言葉にする術を私達は知らなかった。
 私もみっちゃんもしばらく何も言えずにじっと俯く。
 この手紙を受け取ったモモちゃんはどう思ったんだろう。今までこの子とは文通をしてこなかった私達ですら、何も言えなくなるほどのしんどい手紙なんだ。ずっと手紙を交換していたモモちゃんはもっとしんどく感じたに違いない。
 木枯らしに吹かれて、足元を枯葉が一枚転がっていった。
 風に背中を押されるように、モモちゃんが話し始める。
「私、自分のことばっかり手紙に書いてて、どんなお菓子を作ったとか、料理部でどんな事があったかとか。まさか、相手の子が食べ物に関してそんな風に思ってるなんて知らなくて。私もお菓子が大好きだから、お菓子作りのこともっと聞きたいって言われて、調子乗っていっぱい書いて…。私、相手の子のこと傷つけてたかもしれない。」
 モモちゃんが今にも泣きそうに顔を歪ませている。
 でも、仕方がない。だって、私達は相手のことを知らずに文通をしている。体型だってコンプレックスだって、教えてくれたらそこに踏み込むような真似はしないけど、知らなかったらどうしようもない。でも、モモちゃんはどうしようもなかったという事に気づいていながらも、今までの自分に後悔していた。他に何かできることがなかったのかと。
 私はなんだか怒りが湧いてきた。きっとこの子もしんどかったと思うけど、だからってこんな風に手紙に書いてこなくてもよかったじゃないか。もう後数回で文通だって終わるってことは向こうだって知ってるはずなんだ。後数回なんだから、良い子で居続けてくれて良かったはずだ。どうしても嫌なら読んだフリして適当に返事を書いておくことだってできるし。この手紙を受け取った人のことをちゃんと考えて欲しい。モモちゃんをこんなに傷付けることをしなくてもいいじゃないか。
 私がモモちゃんの代わりに、そう怒ろうと思ったとき、みっちゃんがポツリと言った。
「この字震えてる。小さくまとまってて、怯えてる感じ。本当は、こんなこと書くの怖かったのかもしれないね。」
「え?」
 誰よりも字の持つ印象に敏感な子だから感じ取れる、書き手側の気持ち。
「初めにモモちゃんはこの子のこと字が小さくて、自信がない子って言ってたよね。本当にそうなんだと思う。きっと自分に自信がないから、相手に合わせるばっかりで自分の意見なんて言えない子なんだと思う。その子が、こうやって自分のことを書いてる。字がこんなんだから、自分のことを書くのは本当か怖かったんだよ。でも、相談したかったんじゃないかな。」
 嫌がらせではなく、相談。真剣な相談?みっちゃんの言葉は私には目から鱗だった。モモちゃんにとってもそれは同じだったようで、とても不思議そうな顔で聞いている。
「相談?私に?」
「うん。見えないから、相手が知らない人だから話せることってあるよね。きっとこの子もそうなんじゃないかな?」
「でも、相談されても、私には何もできないよ。」
「その子だってわかってるよ。でも、ただ話を聞いて欲しかったんだよ。それだけで十分だったんだ。」
「そっかぁ…相談か。確かに、こうやっておしゃべりしてると、気分がスッキリすることあるよね。今の私がそうだもん。話聞いて欲しいだけだったのかも。」
 私は何も言えなかった。
 みっちゃんは私が受け取った以上のものを文字や言葉から受け取っている。なのに、私は表面的に相手を判断するだけだったなんて。
「みっちゃんはすごいね。」
 私がそう呟くと、とみっちゃんはきょとんとした顔を向けた。
「何が?」
「私、この子が勇気を振り絞って相談しただなんて、これっぽっちも思わなかったよ。むしろ、モモちゃんを困らせるようなことしないでって。嫌がらせなんじゃないのって思った。そんなことを考えた自分がなんか、恥ずかしい。」
「咲だけじゃないよ。私もだよ。すごく悪意をぶつけられた気がして、だから凹んでた。私の何が悪かったんだろうって。だから、みっちゃんにそう言われて、目から鱗っていうか、文章だけじゃなくて字も合わせてみたらそうもとれるんだなって、初めてそう思った。」
 私達が褒めると、くすぐったそうにみっちゃんが笑う。
「どうだろう?私が正しいわけじゃないかもしれない。もしかしたら単なる悪意ってこともあるよね。でも、そんな子だったら、こんなに丁寧な字を書こうとしないんじゃないかなって思ってさ。」
 私達の間に冬を感じさせる冷たい風が一際強く吹く。
「私さ、自分で文通してみて、軍事郵便とか見せてもらって、最近手紙についてよく考えるんだけどね、手紙って文字と文章全てまとめて1つのものなんだなって思うの。ん〜なんか上手な表現じゃなくてごめん。あの、LINEだとさ、同じ言葉でもそれがどういう意図でいったかはわからないでしょ?全員が同じ機械の文字だからさ。だから、私達は絵文字とかスタンプで気持ちを乗せようとするんだけどさ。手紙は、絵文字とかスタンプがない代わりに、文字に気持ちが乗ってるんだなって思うようになったの。だから、きちんと文字の気持ちを読み取る努力をしたいなって。」
 誰よりも甘えん坊だと思っていたみっちゃんが、気づけば誰よりも大人になっていた。その事にも驚かされたし、この授業の意味を誰よりもしっかり受け取っていることに、すごいなぁと感じた。私は、ただ楽しく文通していただけなのに。
 モモちゃんも私と同じことを考えているのか、じっと爪先を見たまま、何も話さない。ただ静かな時間だけが過ぎていく。
 もうすぐ昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る、そんな時になって、モモちゃんがポツリと言った。
「この子のためになることで、私にできる事があるかもしれない。少し考えて手紙を書いてみるよ。みっちゃん、咲、ありがとう。」

 その後、冬休みに入る直前になって、モモちゃんは例の子に返事を書いたと私達に伝えてきた。冬休み前に送って、冬休み後に向こうからの返事を受け取る。それでこの文通は終わりだということは12月の初めに返事を受け取った時に先生から聞かされていた。最後になるであろう返事の内容を、モモちゃんは悩みに悩んだそうだ。できれば相手の力になりたいけど、自分にできることは何かあるのだろうかと。
「全然何も思い浮かばなかったの。色々調べて、もし摂食障害なら病院行くことを勧めた方がいいんじゃないかなとかも思ったんだけど、もし私がそんな提案されたら嫌だなって思ったし。なんのために、告白した相手が私だったんだろうって考えたら、誰にでもできるアドバイスをするのが私の役割じゃないんだなって思ったの。でも、私だからできることってなに?って考えたら、結局話を聞くことしかできないなって思ったの。それで、先生から最後の手紙になるって聞いてたから、一緒に私の住所も書いておいたの。これからも文通できるように。これからもずっと話を聞くよって意味も込めて。」
「住所?LINEのQRコードとかじゃなくて?」
「そう。本当はね、LINEのQRを入れようと思ったんだけど、それを聞いた姉が辞めときなさいって。メンヘラに捕まるとあんたも大変だよって。」
「メンヘラ?」
「そうそう。姉の友達の友達がメンヘラらしくって、しんどくなるとLINEとか電話とかすっごいしてきて、こっちの都合なんてお構いなしなんだって。なんで返事くれないの?私のこと構って、構ってばっかりで受ける側が疲弊しちゃうって言ってた。でも、私も反論したんだよ。しんどい人を助けてあげなきゃって言ったんだ。そしたら、助けてあげる側の人が潰れたら意味ないじゃん。ってあんたはそんな強いタイプじゃないよ。一緒に引きづられてしんどくなるのがオチでしょ。やめときなってさ。私も、私なら大丈夫っていう自信がなくてさ、だからLINEのIDを教えるのは怖くなっちゃって。でも、他に何か話を聞いたるする方法はないのかなって考えて思いついたのが、このまま文通をすることだったの。手紙なら返事がなくてもそんなに気にしないでもらえるかなって。」
「確かに、手紙が届いたかどうかもわかんないし、催促の仕様がないよね。」
「でも、そんな変な子に住所バラすの怖くない?」
「うん…それはちょっと思った。ストーカーとかも聞くもんね。でも、きっとそこまで変な子じゃないよ。今までの手紙でそう思ったし、文字だって誠実そうだったもん。何よりも私がこの子と文通を続けたいって思ったから。」
「お姉さんはなんて?」
「いや、実は住所のことは言ってなくて。QR反対されたからさ、住所教えるのも反対されるんじゃないかって思ってさ。でも、私、どこかで一歩は踏み出したいって思ってた。だから、これが最初の一歩。もし、また困った事に巻き込まれたら、相談に乗ってくれる?」
「それは、もちろん!」
「いつでも、なんでも話していいからね!」
 初めは戸惑ってた文通だけど、みっちゃんもモモちゃんも自分の成長にきちんと繋げていて、すごいなって思った。私は、この文通を通して何か成長しただろうか。正直、何も変わってない気がする。けれど、ほのかちゃんとこのまま手紙を交換したいなって、文通したいなって思っていたから、モモちゃんみたいに私も自分の住所を書いてみた。このまま文通を続けていたら、私も何か成長できるかも知れないから。

相田 ほのか 様

 お元気ですか?前回から今までのお手紙の間に、私の学校ではいろんな行事がありました。体育祭に文化祭。うちの体育祭では、1年から3年の1組が白組、2組が紅組、3組が青組、4組が黄色組と縦割りで分かれて、点を争います。他の学校では優勝を決めるということがあまりないと聞いたんだけど、ほのかちゃんの学校はどうなんだろう?私のクラスは青組で、結果は2位でした。ちょっと残念だったけど、来年また頑張りたいな。文化祭は合奏をしたよ。私達1年生は全クラス合奏で、2年生は劇。3年生は歌を歌うことが決まってるの。私はもちろんリコーダー。何かかっこいい楽器ができたらよかったんだけど、音楽の才能がない私には無理かな。他にも2学期といえばたくさんのことがあって、手紙に書ききれないぐらい。
 先生に聞いたんだけど、この手紙交換ももうすぐ終わるみたい。私達にとっては、この手紙が最後で、次返事をもらったら終わりだって。あっという間の1年だったし、なんだかとても寂しいな。ほのかちゃんも同じ気持ちだったら嬉しい。もし、この学校を通した文通が終わっても、私と文通をしてもいいなって思っていてくれたら、この下に住所を書いておくから、そこに手紙をくれたら嬉しいな。
 ではまた、お返事楽しみに待っているね。
             
                              小鳥遊 咲