夏本番!夏休み!
期末テストの結果もなんとか平均点以下の教科はなくて、塾に行くことも免れた私にとって、楽しい楽しい夏休みが始まった。と、言ってもほとんど午前中は部活。暑い中テニスして帰って、アイス食べて、ちょっと宿題をして…そんな毎日が2週間ほど続いていたから、正直つまんないなぁなんて思ってたところに、待ってました!お泊まり会!
みっちゃんやモモちゃんに会うのも久しぶりで、数駅先とはいえ、友達同士で急行に乗る経験も初めてだから、久しぶりのワクワクする日。そんな日は可愛い服でも着ないと!と、クローゼットを開けてみる。
ワンピースがいいかな?ショートパンツ?でも、ショートパンツにTシャツはいつもと変わらない気がする。私は悩みに悩んで、お気に入りのセーラー襟のワンピースにした。白のワンピースに襟だけ紺のセーラーになっていて、まるで水兵さんみたいなそれは、海を想像させてくれるから、とても気に入っている。おばあちゃんには、ペン習字や硬筆だけじゃなく、毛筆もやるから、汚れてもいい服を持ってきてねって言われているけど、習字をやるのは、到着した翌日だからこのワンピースで行っても大丈夫だろう。髪は左右でお団子にして、お団子の周りにシュシュをする。
私は精一杯のオシャレをして待ち合わせ場所に向かった。駅では、もう二人とも待っていて、やっぱり二人とも普段よりもおしゃれしてる。
みっちゃんはふわふわのシフォンがたっぷりついた半袖のブラウスに、短めのスカート。スラッとした素足の足元は少しヒールのあるサンダルだ。可愛らしいみっちゃんにとても似合っている。桃ちゃんは、ジーンズに白のタンクトップ。タンクトップの上には黄色いシースルーの上着を着ていてシンプルだけど、大人な雰囲気を醸し出している。みんなの気合の入ったオシャレを見ると、それだけでこのお泊まり会を楽しみにしていてくれたんだなと、私も嬉しくなった。
「お待たせ〜!」
「久しぶり!」
みんなで和気あいあいと改札を潜る。これから、ちょっとした冒険の始まりのような気がしていた。
ピンポーン
おばあちゃんちのインターフォンを押すと、ちょっと間があってから、おばあちゃんが玄関のドアをガラガラと開けてくれた。
書道教室をしているおばあちゃんの家は、入ってすぐ左手が和室の大広間になっている。毎週月曜日と水曜日にこの大広間に長机を並べて、何人かの生徒さんに習字を教えているとのことだ。もうそろそろ潮時かねぇ。なんて毎年言っては習字教室をしめようとするけど、その度に生徒さんに引き止められて、75歳を過ぎた今も現役で教えている。流石に新しい生徒さんはとってないし、開講する時間や曜日はかなり減らしたみたいだけど、なんだかんだで背筋もしゃんとして、オシャレで元気なおばあちゃんを見ていると、教えることが活力になっているんだなという気がする。だから、これから先もずっと書道の先生を続けてくれればいいのにと思っている。
「さぁさ、よくきたね。外は暑かったでしょう?こっちの部屋でお茶でも飲みなさい。」「おばあちゃん、ひさしぶり!」
『お邪魔します。』
二人の声が重なる。私たちは早速キッチンとダイニングとがつながっているリビングに入った。外はジメジメの上に気温も高かったので、クーラーの効いたこの部屋はまさに天国だ。
「はぁ〜生き返る!」
「ほんと外暑かったもんね!気持ち良いね〜!」
私達が荷物を置いて汗を拭いていると、よく冷えたジュースを持ってきてくれた。
みっちゃんとモモちゃんは早速手土産をおばあちゃんに渡している。なんと、モモちゃんが持ってきてくれたのは、お手製の色とりどりにアイシングされたクッキー。みっちゃんが持って来てくれたのは有名店のチョコレートブラウニー。それらのお菓子をテーブルの上に並べて、私達はお菓子パーティーを始めた。
「今日はこの後どうしよっか?」
「お習字は明日の朝しましょうね。それまでの予定を考えててちょうだい。おばあちゃんは、ちょっとお隣さんに看板を渡してくるからね。」
そう言っておばあちゃんは家を出て行った。お隣さんはとってもおしゃべり好きなおばあちゃんで、回覧板を持っていくと、1時間は絶対に帰ってこないことを私は知っている。
しばらくは暇になっちゃうなと思った私は、何かみんなの興味を引くものはないかとテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。家と一緒の感覚でチャンネルを変えていくが、芸能人が不倫した話や、老人を狙った詐欺の話、医療最前線と称した心臓移植の話とかで、興味を引くものも、話題になりそうなのも何もない。私はもう一度テレビを消すと、みんなに話しかけた。
「とりあえず、今日の夜は花火?」
「明日のおやつはスイカにしてスイカ割りしたいよね?」
「やっぱり夏だもんね。お庭があるならやらせてもらえると、嬉しいよね。あ、宿題はどうする?」
「やりたい事が多すぎて、宿題なんてしてる時間がないよぉ。」
「無理だったら、無理で新聞だけもらって帰ればなんとかなりそうじゃない?」
「流石に全部持って帰るのは無理だから、記事だけ切り抜いたりしたいよね。」
「切り抜くのも時間かかるかなぁ?」
「ってか、どんな感じで載ってるんだろうね?」
「さぁ…どうだろう?そいや、今ざっと見た感じ戦争のニュースとかもなかったね。」
「昼間のワイドショーより、夜のニュースとか、NHKとかの方がいいかもしれないよ?」
「じゃぁ、また夜に見てみよっか。確か、寝る部屋にもテレビ置いてくれてたはずだし。」
「あ、そうそう、話は変わるんだけどさ、今晩の夕ご飯私たち作らない?調理実習みたいな感じでみんなで作るの。」
「え〜?ここまで来てモモちゃんは料理するの?料理好きだなぁ…私出来るかなぁ?料理って調理実習以外やった事ないんだよね。」
「そこは、料理部の私が教えるとしてさ。簡単なものでいいんだよ。」
「じゃぁ、そうめん?」
「それって茹でるだけじゃん!それは流石に、私だって出来るよ。」
「そうねぇ…咲はおばあちゃんの好きなもの知ってる?」
「う〜ん、どうだろう。煮物とかはよく食べてるけど、そんな難しそうなの作る自信ないよ?」
「簡単で、失敗しにくいものがいいなぁ?」
「じゃぁ、屋台風にお好み焼きと焼きそばとかどう?」
「それなら私もできそう!」
「切って混ぜて焼くだけだから、失敗もないし、味の決め手はソースだし!」
そうして話がまとまった私たちは、晩御飯の材料を買いにスーパーに行った。もちろん、携帯を持って出掛けていないおばあちゃんのために書き置きをして。
その夜、私たちが作った屋台風メニューをおばあちゃんは嬉しそうに食べてくれた。その後みんなで片付けをしてから手持ち花火のスタートだ。
蝋燭に火がつかないとか、3本一気に火がついたとかワイワイガヤガヤ。くだらない事でワーキャーできる、とてつもなく楽しい時間。その時にふと思った。こんな楽しいことがあったんだよって、ほのかちゃんにも教えたいなって。LINEだったら、写真や動画を撮って送ればいいけど、手紙だったらどうしたらこの楽しさが伝わるだろう。次に手紙を書くときは夏休みが明けてからだ。その時に私の中のこの熱が冷めてしまわないように、しっかりと心の中に残しておこう。そして、この気持ちが伝わるように精一杯工夫して文章を書こうと思った。
3人で持ち寄った手持ち花火が終わる頃、おばあちゃんが「ちょっと頼まれて欲しいんだけど」と、お願いをしてきた。押入れにある書道の道具を出して欲しいらしい。私たちは習字をしに来たけど道具は重いから持ってこなくていいって言われていて、持って来ていない。だからおばあちゃんの家にあるのを貸してもらうのに、押入れから出して欲しいと言う事だった。
「この押入れのどこかの段ボールには入ってるんだけどね。咲ちゃんのお父さんとか叔父さんが使ってた書道の道具が。何個かあると思うんだけど、硯3つと下敷きが3枚、あとは文鎮が3つだね。それが見つかれば、筆とかはおばあちゃんのを貸してあげれるからね。流石にこの歳で、一つ一つ段ボールを確認するのが骨が折れてねぇ。お風呂に入る前に頼んでもいいかい?」
「もちろん!」
私たちが押入れを開けると、上段にはお布団が。下段には引越しに使うような段ボールがいくつか入っていた。側面に何も書いていないせいで、何が入ってるかわからない段ボールを一つ開けてみると、そこにはウルトラマンのフィギュアだとかのおもちゃが入っていた。
「わ、何これ。」
「あ、私これ知ってるよ!ガンダムウィング!」
「え〜モモちゃん詳しい!ガンダムは聞いたことあるけど、私よくわかんなくて。」
「私も見たことないし、よくわかんないんだけどね、うちのパパがガンダム好きで、プラモデルが結構家にあるのよ。」
私たちは古いおもちゃが面白くて、ガサゴソと中をみると他にもキン肉マンとかいろんなフィギュアがある。昔これでお父さんや叔父さん達が遊んでたかと思うと、ちょっと変な気持ちになる。今現在大人になってる人にも子供の頃があったって言うのは頭では想像できるけど、実際は思い描けないっていうか。毎日仕事で遅くなっては、週末に疲れたぁと言って寝てばっかのパパが、こんなおもちゃでごっこ遊びとかしてたなんて、なんだか不思議な気分だ。
結局この箱の中からはおもちゃ以外のものが見つけられなかったので、諦めて次の段ボールを開けることにする。次に何か探すときにわかりやすいように、おもちゃの入った段ボールの側面には大きな字で「おもちゃ・フィギュア」と書いておいた。
次の箱はさっきまでのおもちゃが入っていた箱より、ずっと重い。力一杯引っ張り出すようにして押入れから出して中をみると、そこはアルバムが入っていた。
3人で興味津々で見ていくと、そこにはお父さんと叔父さん達がいっぱい写っている。最近のでは、大学を卒業したらしい時の写真。いっぱいあるのは、運動会や学芸会のような写真だ。
「待って、見てこれ、咲にそっくりだよ」
「わ〜ほんと!咲ってお父さん似だったんだね!」
「ちょっと!恥ずかしいから見ないでよ!」
二人が開いていたアルバムには小学校入学の時の写真で、「入学式」とかいた看板の前でピースをする少年は、私にとてもよく似ていて強い血のつながりを感じさせる分なんだか恥ずかしかった。学校行事の写真だけでなく、所々家族旅行の写真も入っていて、段ボールの奥に行くに従って、お父さん達は幼くなっていき、おばあちゃんとおじいちゃんは若くなっていった。
長男であるお父さんが生まれた写真より前にはおじいちゃんとおばあちゃんが結婚した頃の写真もあったが、それで終わりではなく、まだアルバムが入っている。一番下のそのアルバムを取り出して開いてみると、そこには白黒の写真があった。
「わ、白黒だ」
「加工じゃなくて見るの初めて!」
「すごいね!この赤ちゃん誰だろ?」
「もう、男か女かもわからないね」
物珍しさに次々とページをめくっていくと、隙間から何枚かの紙がはらりと落ちた。古びて今にもちぎれ落ちてしまいそうな、ヨレヨレの紙。その紙を拾い上げて見ると、それは達筆すぎる字で何かが書かれたハガキだった。かろうじて読めなくもないけど、繋がるように書かれた文字達が読むことを難しくさせている。裏を返してみると、私にも分かる字で「軍事郵便」と赤いハンコが押されていた。
「これ…」
ハガキを持ったまま固まる私の背中から二人が覗き込んでハガキを見てくる。
「軍事郵便って、戦争中のあれ?」
「え?やっぱり…そうだよね…」
「咲のおじいちゃんって戦争に行ってたの?」
「どうなんだろう…」
おじいちゃんは、私が生まれるより前に病気で亡くなっていて、実のところどんな人だったのかも知らない。今までも、おじいちゃんの話は聞いたことはあっても、戦争に行ったかどうかは聞いた事がなかった。おじいちゃんは戦後生まれのおばあちゃんより6歳ぐらい上だとはいえ、戦争に行くような歳だったとは思えない。
「おばあちゃんに聞いてみよう。」
私たちは探し物をそっちのけで、リビングでお茶を飲みながらテレビを見ているおばあちゃんに声をかけた。テレビでは、比較的近い街で今日やっている花火大会が中継されていた。バンバンという音と共に、大輪の花が夜空に咲いている。
「おばあちゃん、これ…」
私がハガキを差し出すと、おばあちゃんはハガキを手に取った。
「ああ、これね。懐かしいものが出て来たわねぇ。」
「これって、軍事郵便ですよね?確か、兵隊に行った人がやり取りするようの手紙って習ったような気がするんですけど…」
「おじいちゃんって、戦争に行ってたの?」
思い切って聞いてみると、私達の勘違いに気付いたのか、小さく笑いながら答えてくれた。
「まさか!終戦の時におじいちゃんは1歳だか2歳だかそんなもんなのよ。そのハガキは、おじいちゃんのお父さんが送ったものなの。」
「おじいちゃんのお父さんが?」
おばあちゃんがテレビの音量を小さくする。途端に、花火の音と、解説するアナウンサーの声が小さくなった。それでも、ポツリポツリと語るおばあちゃんの声は小さくて、私達は、おばあちゃんの話を真剣に聞こうと、耳をそばだたせる。
「そうなの。おじいちゃんが生まれる前にね、南方の方に兵隊として送られて、そのまま戦死しちゃったみたい。そのお手紙はね、おじいちゃんのお母さんが大事に置いておいた形見でね。お父さんを知らないおじいちゃんが、この手紙が父親の代わりなんだって、ずっと大事にしてたわ。おじいちゃんが亡くなった時に一緒に棺桶に入れてあげようかと思ってたんだけど、お葬式の時とかって忙しいから、どこにしまったのかわからないまま見つけてあげれなくてね。…そう、それが見つかったのね。」
おばあちゃんはそう言うと、まるでおじいちゃんを見つめるかのように、愛おしそうにそのハガキをそっと撫でた。
「あの、私達夏休みの宿題で、戦争について学ばないといけなくて。もし、ご存知でしたら、その手紙のこととか教えてくれませんか?」
しばらく小さなテレビの音だけが響いた後、モモちゃんがそう言い出した。初めの打ち合わせとは違う形の平和学習になるけど、これはリアルな話を聞く千載一隅のチャンスかもしれないと、私とみっちゃんも互いに顔を見合わせてうなづく。おばあちゃんは、「私も、おじいさんから聞いただけで、よくわかってないんだけど。私も戦後生まれだしね。」と返して、眉毛を下げた。
「えっとじゃぁ、この手紙なんて書いてあるんだろう?なんか、読めそうで読めなくて…」
「そうね、昔の人の字だものね。最近はこんな風に続けて書かず、楷書で書くのが普通だものね。」
そう言って、おばあちゃんは何枚かあるうちの一枚を手に取って読んでくれた。
八重へ
お元気ですか。東京はそろそろ寒くなってきている頃かと思います。こちらはいつまでも暖かく、一体今の季節はどうだったかなと思ってしまいます。果物や魚なんかも、普段見ることのないものが実っています。こちらでは立派に勤めを果たしてまいりますから、八重も寒さに負けて風邪など引かぬようにお過ごしください。
正雄
ハガキという短さもあるだろう。それにしたってなんだか簡素な文だった。もう少し書くことがあるだろうに。そう思っていることにおばあちゃんが気づいたのか、「昔はね」と説明してくれた。
「昔はね、検閲というのがあって、日本軍にとって都合の悪いことを書いている場合は黒塗りにされたり、内容によっては捕まることもあったの。非国民だって言ってね。だから迂闊なことは書けなかった。もちろん、どこにいてどんな生活をしているかとかも軍事機密なのよ。そうなると、書けることが極端に少なくなってしまうはず。でも、見て。できるだけ奥さんを喜ばそうとしたんじゃないかしら、文字の周りに絵が書いてある。きっと派兵された南方の島にこんな形の魚や果物があたんでしょうね。」
そうやって見せてくれたハガキにはレモンのような形の実や、マーガレットのような形の花、顎が出っ張っている魚などが書かれている。決して上手ではなかったけど、正雄さんが一生懸命に書いてくれたのはわかる。
私たちはなんだか暖かな気持ちになった。このハガキを見ると、伸び伸びとした字で、正雄さんの元気の良さと優しさが伝わってくる。みっちゃんもそう思ったのか、私の気持ちと同じことを口にする。
「この字を見てると、元気だよ。っていうのが伝わってくるね。きっと受け取った八重さんも安心したし、この絵を見ていい場所に行ったんだなって安心できたかもしれないよね。」
「うん、私もそう思ってた。」
「そうね、おばあちゃんもそう思う。でもね、実際は南方の方は大変だったっていうじゃない。私だって詳しく知ってるわけじゃないけど、南方は玉砕だとか、飢え死にだとかそうゆう話を聞くと、正雄さんはあえて元気に見えるような文字にして手紙を出したんじゃないかなって気もするの。」
「え?どうゆうこと?」
「離れていて、連絡手段が手紙だけなのよ。自分は元気です。こちらのことは心配しないでっていう思いを字に込めたから、こうゆう伸び伸びとした字になったんじゃないかしら。本当は、明日死ぬかもしれない不安とか色々あったと思うの。もちろん、そんな弱音を大々的に言えるような時代でもなかったけど、小さな字だったり震えているような字だったりしたら、怯えてるんじゃないかと思われたり、受け取った人からは体調不良とかを心配されてしまうと思うの。そんな心配をさせたくないから、相手のことを思って元気に見えるようにわざとこんな文字を書いたのかもしれないよ。自分のことは心配しないで欲しいという思いを、文章だけでなく文字に込めて。」
おばあちゃんが言ってくれたことが、とても重たく心に響く。明日爆弾が落ちてくるかもしれない状況で一番に思うことはなんだろう。自分のこの状況を呪うことか、現実逃避をして幸せな未来を描くことか。正直なところ想像もつかなかった。でも、この文字から伝わることはある。きっと正雄さんは何よりも奥さんのことを一番大切に思っていたんだ。
その時、おもむろにおばあちゃんが一枚のハガキを取り上げた。
「そうそう、これよ。おじいちゃんが一番大切にしていたのはこの手紙。」
おばあちゃんが読み上げてくれたのは、おくるみに包まれた赤ちゃんが泣いている絵を描いたものだった。
八重へ
お身体いかがですか。八重の実家の山梨に疎開したという手紙を受け取りました。身重での移動は大変だったことでしょう。我が子はあとどれぐらいで生まれるのでしょうか。もし生まれたら、男の子なら名前を「勇」女の子なら「千代」と名付けてもらえますか。元気な赤ん坊が生まれますように。
正雄
それは、遠く離れた地から妻と生まれてくる子供の健康を案じている手紙だった。ここでもやっぱり、自分よりも誰かを優先している正雄さんの優しさに、胸が痛くなった。
「軍事郵便って言っても、今みたいに何日後に必ず届いているって保証もなくてね。どの手紙が届かなかったのか、はたまたすれ違っちゃったからなのか、名付けでちょっとした事件があったみたいでね。八重さんが、生まれましたよ。名前は「清一(せいいち)」にしましたからっていう手紙を送ってるのに、読んでないからか「勇」にしろって手紙が来て困っちゃったみたいなのよ。しかも、生まれて4ヶ月も経ってから届いてるのよ。今更名前を変えるわけにもいかないしね。っていつもお袋が言ってたって、おじいさんが言ってたの。お袋がハガキを待たずに名付けちゃうから、勇ましい男じゃなくて、心の清らかな優男になっちまったよ。なんてね。」
おばあちゃんは、この話をするおじいちゃんを思い出したのか、仏壇を置いてある方をみると、ふふふと笑った。
そうか、既読なんてつかない手紙だから前に出した手紙を読んでくれているかどうかも出した本人にはわからない。現代だって郵便事故で届かないことがあるくらいだから、当時なら届かないことがもっと頻繁にあったはずだ。ましてや戦争中。書いた手紙が相手の元にきちんと届くなんて、奇跡の連続なのかもしれない。なのに現代を生きる私は、LINEの既読がついても返事がないことに拗ねてしまったり、腹を立てたりしてしまう。それは、相手が生きてるってわかっているし、私と同じような生活をしてるなら、返事をするぐらいの時間はあるだろって思うからだ。けれど、当時の人は相手が自分と同じ生活をしていることが当たり前ではない。方や弾丸が飛び交う場所にいて、生死すらわからない。そんな中で、相手の幸せを願って手紙を書き、相手が生きている事を祈ってただじっと返事を待つ。時には返事が遅いことに不安になる時もあっただろうけど、じっと待ちつづける。現代にはないそのその心に強さに胸が打たれた。
「そうそう、それとね、おじいさんが私と結婚してくれた理由なんですけどね。」
何かを思い出したようにパンと手を叩いて、おばあちゃんが急に乙女みたいに頬を赤めながら言う。
「字が綺麗だからなんですって。おじいちゃんにとってはこの字の人がお父さんでしょ?伸び伸びとしてて元気な字。だからね、おじいちゃんはそんな文字を書く人に憧れてたみたいなの。まぁ、今で言うファザコンってやつかしら。でね、郵便局で働いていた時に私の字を見て、この人だって思ったらしくて、突然あなたの伸び伸びとした字が大好きですって言われたの。私の顔じゃなくて字なの!?て思ったんだけどね。そう声をかけてもらった事からお付き合いが始まってね。だから、字が綺麗ってことは大切なこと。でも、何をどう綺麗って思うかは人それぞれだから、綺麗ってことにあまり深くこだわるんじゃなくて、まずは止めとはらえ、はねとか、細かいところをきちんと書くこと。そして相手を思いやることが大切なのよ。明日はそういったことを中心にお習字していきましょうね。」
上手にまとめに入ったおばあちゃんは、さぁさもうお風呂は沸いてますよ。順に入ってちょうだいと言って立ち上がる。私達はおばあちゃんに追い立てられるリビングを出た。 その後順番にお風呂に入っている間に、おばあちゃんから依頼されていた文鎮やら硯やらを押入れの段ボールの中から探し出した。その後、並べて敷かれた布団の上で3人で話し合って平和学習の宿題はこの軍事郵便のことにすることにした。流石にこの手紙をそのまま持って帰ることはためらわれたから、写真を撮っておく。
レポートの概要はまず初めに、軍事郵便とは何かに触れた後に、印刷した実際のハガキの写真を貼って、みんなが読めるようにおばあちゃんから教えてもらった読み方も書く。そして、おじいちゃんの名付けのエピソードも載せることにした。もちろん、私達がこの軍事郵便や正雄さんの手紙の内容や文字に何を思ったかということも一緒に。
戦争という非現実的な状況で、妻や子を思い遣った正雄さんの優しさと強さが、みんなに伝わればいいなと思いながら。
翌日は午前中3時間ほどはみっちり習字に充てることになった。硬筆に始まり最後は毛筆まで。細かいところも丁寧に書く練習を自分の名前でする。みっちゃんは陸くんの名前も一緒に練習していた。ずっと文字を書いていると、初めの方の気合の入った字や、集中力が欠けてきた字などいろんな文字があることを自分で知る。自分で気づくということは、相手も気づくということで、集中しているかどうかや自分の心の状態が相手にバレていると思うと恥ずかしい。ほのかちゃんに手紙を書くときはちゃんとしとかないとと、決意を新たに練習する。誰かに見てもらいたい字があると練習にも熱が入る。それはみっちゃだけでなくモモちゃんも同じだったようで、二人ともかなり真剣に練習していた。
練習が終わると、お昼を食べて、おやつの時間には待ちに待ったスイカ割り。庭にブルーのシートをひいて、その上に大きなまん丸のスイカを乗せたところで、おばあちゃんがどこからともなく木刀を持ってきた。
「町内会の人に、今度スイカ割りを孫とするって話をしたらね、貸してくれたのよ。」
そう言って手渡された木刀は思ったよりも大きくて、重かった。
私たちは順番に目隠しをして、あっちじゃないこっちじゃないと言いながら、スイカに向かって木刀を振り下ろす。私達の力じゃ一回当たったぐらいではスイカは割れない。3人で協力してなんとか割れたスイカを私は写真に撮った。ほのかちゃんに見せるためだ。上手く絵はかけないから、写真を印刷して手紙に添えてるのもいいかもしれない。昨日の花火ではそんなこと思い付かなかったから写真を撮ってはいないけど、その代わりに割れたスイカの写真。これはこれで、夏の楽しさを象徴しているようで、我ながらいいアイデアだなと思った。
相田 ほのか 様
こんにちは。お元気ですか。この前はお手紙ありがとう。ほのかちゃんは夏休み花火大会に行ったんだね。すごい人だったんじゃない?綺麗な花火の絵をありがとう。
私は、前の手紙で書いた通り、友達とおばあちゃんちでお泊まり会をしてきました。手持ち花をやったり、スイカ割りをやったり。スイカ割りの時の写真を一緒に入れるね。割れた形が面白かったから写真に撮ってみたの。
あと、おばあちゃんの家では、おじいちゃんのお父さんの軍事郵便というのが出てきて、そのことを夏休みの平和学習の宿題として出したよ。文字から伝わる思いってあるんだなぁって気づいて、おばあちゃんにちょっとだけ習字を教えてもらったの。練習したのは自分の名前だけなんだけど、今日の手紙では上手く書けているといいな。
長いと思ってた夏休みも、ほとんど部活で終わっちゃって、なんだか悲しかったな。もう2学期も始まって1ヶ月以上もたつよ!うちの学校では10月に体育祭が12月に文化祭があるよ。ほのかちゃんの学校もあるのかな?私達の手紙の交換も結構回数を重ねた気がしてます実際残りが数回ぐらいじゃないのかな?そうだと思うと、ちょっと悲しいです。せっかく仲良くなれたと思ったのに。本当にほのかちゃんと手紙を交換できて良かったよ。ありがとう。
小鳥遊 咲
期末テストの結果もなんとか平均点以下の教科はなくて、塾に行くことも免れた私にとって、楽しい楽しい夏休みが始まった。と、言ってもほとんど午前中は部活。暑い中テニスして帰って、アイス食べて、ちょっと宿題をして…そんな毎日が2週間ほど続いていたから、正直つまんないなぁなんて思ってたところに、待ってました!お泊まり会!
みっちゃんやモモちゃんに会うのも久しぶりで、数駅先とはいえ、友達同士で急行に乗る経験も初めてだから、久しぶりのワクワクする日。そんな日は可愛い服でも着ないと!と、クローゼットを開けてみる。
ワンピースがいいかな?ショートパンツ?でも、ショートパンツにTシャツはいつもと変わらない気がする。私は悩みに悩んで、お気に入りのセーラー襟のワンピースにした。白のワンピースに襟だけ紺のセーラーになっていて、まるで水兵さんみたいなそれは、海を想像させてくれるから、とても気に入っている。おばあちゃんには、ペン習字や硬筆だけじゃなく、毛筆もやるから、汚れてもいい服を持ってきてねって言われているけど、習字をやるのは、到着した翌日だからこのワンピースで行っても大丈夫だろう。髪は左右でお団子にして、お団子の周りにシュシュをする。
私は精一杯のオシャレをして待ち合わせ場所に向かった。駅では、もう二人とも待っていて、やっぱり二人とも普段よりもおしゃれしてる。
みっちゃんはふわふわのシフォンがたっぷりついた半袖のブラウスに、短めのスカート。スラッとした素足の足元は少しヒールのあるサンダルだ。可愛らしいみっちゃんにとても似合っている。桃ちゃんは、ジーンズに白のタンクトップ。タンクトップの上には黄色いシースルーの上着を着ていてシンプルだけど、大人な雰囲気を醸し出している。みんなの気合の入ったオシャレを見ると、それだけでこのお泊まり会を楽しみにしていてくれたんだなと、私も嬉しくなった。
「お待たせ〜!」
「久しぶり!」
みんなで和気あいあいと改札を潜る。これから、ちょっとした冒険の始まりのような気がしていた。
ピンポーン
おばあちゃんちのインターフォンを押すと、ちょっと間があってから、おばあちゃんが玄関のドアをガラガラと開けてくれた。
書道教室をしているおばあちゃんの家は、入ってすぐ左手が和室の大広間になっている。毎週月曜日と水曜日にこの大広間に長机を並べて、何人かの生徒さんに習字を教えているとのことだ。もうそろそろ潮時かねぇ。なんて毎年言っては習字教室をしめようとするけど、その度に生徒さんに引き止められて、75歳を過ぎた今も現役で教えている。流石に新しい生徒さんはとってないし、開講する時間や曜日はかなり減らしたみたいだけど、なんだかんだで背筋もしゃんとして、オシャレで元気なおばあちゃんを見ていると、教えることが活力になっているんだなという気がする。だから、これから先もずっと書道の先生を続けてくれればいいのにと思っている。
「さぁさ、よくきたね。外は暑かったでしょう?こっちの部屋でお茶でも飲みなさい。」「おばあちゃん、ひさしぶり!」
『お邪魔します。』
二人の声が重なる。私たちは早速キッチンとダイニングとがつながっているリビングに入った。外はジメジメの上に気温も高かったので、クーラーの効いたこの部屋はまさに天国だ。
「はぁ〜生き返る!」
「ほんと外暑かったもんね!気持ち良いね〜!」
私達が荷物を置いて汗を拭いていると、よく冷えたジュースを持ってきてくれた。
みっちゃんとモモちゃんは早速手土産をおばあちゃんに渡している。なんと、モモちゃんが持ってきてくれたのは、お手製の色とりどりにアイシングされたクッキー。みっちゃんが持って来てくれたのは有名店のチョコレートブラウニー。それらのお菓子をテーブルの上に並べて、私達はお菓子パーティーを始めた。
「今日はこの後どうしよっか?」
「お習字は明日の朝しましょうね。それまでの予定を考えててちょうだい。おばあちゃんは、ちょっとお隣さんに看板を渡してくるからね。」
そう言っておばあちゃんは家を出て行った。お隣さんはとってもおしゃべり好きなおばあちゃんで、回覧板を持っていくと、1時間は絶対に帰ってこないことを私は知っている。
しばらくは暇になっちゃうなと思った私は、何かみんなの興味を引くものはないかとテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。家と一緒の感覚でチャンネルを変えていくが、芸能人が不倫した話や、老人を狙った詐欺の話、医療最前線と称した心臓移植の話とかで、興味を引くものも、話題になりそうなのも何もない。私はもう一度テレビを消すと、みんなに話しかけた。
「とりあえず、今日の夜は花火?」
「明日のおやつはスイカにしてスイカ割りしたいよね?」
「やっぱり夏だもんね。お庭があるならやらせてもらえると、嬉しいよね。あ、宿題はどうする?」
「やりたい事が多すぎて、宿題なんてしてる時間がないよぉ。」
「無理だったら、無理で新聞だけもらって帰ればなんとかなりそうじゃない?」
「流石に全部持って帰るのは無理だから、記事だけ切り抜いたりしたいよね。」
「切り抜くのも時間かかるかなぁ?」
「ってか、どんな感じで載ってるんだろうね?」
「さぁ…どうだろう?そいや、今ざっと見た感じ戦争のニュースとかもなかったね。」
「昼間のワイドショーより、夜のニュースとか、NHKとかの方がいいかもしれないよ?」
「じゃぁ、また夜に見てみよっか。確か、寝る部屋にもテレビ置いてくれてたはずだし。」
「あ、そうそう、話は変わるんだけどさ、今晩の夕ご飯私たち作らない?調理実習みたいな感じでみんなで作るの。」
「え〜?ここまで来てモモちゃんは料理するの?料理好きだなぁ…私出来るかなぁ?料理って調理実習以外やった事ないんだよね。」
「そこは、料理部の私が教えるとしてさ。簡単なものでいいんだよ。」
「じゃぁ、そうめん?」
「それって茹でるだけじゃん!それは流石に、私だって出来るよ。」
「そうねぇ…咲はおばあちゃんの好きなもの知ってる?」
「う〜ん、どうだろう。煮物とかはよく食べてるけど、そんな難しそうなの作る自信ないよ?」
「簡単で、失敗しにくいものがいいなぁ?」
「じゃぁ、屋台風にお好み焼きと焼きそばとかどう?」
「それなら私もできそう!」
「切って混ぜて焼くだけだから、失敗もないし、味の決め手はソースだし!」
そうして話がまとまった私たちは、晩御飯の材料を買いにスーパーに行った。もちろん、携帯を持って出掛けていないおばあちゃんのために書き置きをして。
その夜、私たちが作った屋台風メニューをおばあちゃんは嬉しそうに食べてくれた。その後みんなで片付けをしてから手持ち花火のスタートだ。
蝋燭に火がつかないとか、3本一気に火がついたとかワイワイガヤガヤ。くだらない事でワーキャーできる、とてつもなく楽しい時間。その時にふと思った。こんな楽しいことがあったんだよって、ほのかちゃんにも教えたいなって。LINEだったら、写真や動画を撮って送ればいいけど、手紙だったらどうしたらこの楽しさが伝わるだろう。次に手紙を書くときは夏休みが明けてからだ。その時に私の中のこの熱が冷めてしまわないように、しっかりと心の中に残しておこう。そして、この気持ちが伝わるように精一杯工夫して文章を書こうと思った。
3人で持ち寄った手持ち花火が終わる頃、おばあちゃんが「ちょっと頼まれて欲しいんだけど」と、お願いをしてきた。押入れにある書道の道具を出して欲しいらしい。私たちは習字をしに来たけど道具は重いから持ってこなくていいって言われていて、持って来ていない。だからおばあちゃんの家にあるのを貸してもらうのに、押入れから出して欲しいと言う事だった。
「この押入れのどこかの段ボールには入ってるんだけどね。咲ちゃんのお父さんとか叔父さんが使ってた書道の道具が。何個かあると思うんだけど、硯3つと下敷きが3枚、あとは文鎮が3つだね。それが見つかれば、筆とかはおばあちゃんのを貸してあげれるからね。流石にこの歳で、一つ一つ段ボールを確認するのが骨が折れてねぇ。お風呂に入る前に頼んでもいいかい?」
「もちろん!」
私たちが押入れを開けると、上段にはお布団が。下段には引越しに使うような段ボールがいくつか入っていた。側面に何も書いていないせいで、何が入ってるかわからない段ボールを一つ開けてみると、そこにはウルトラマンのフィギュアだとかのおもちゃが入っていた。
「わ、何これ。」
「あ、私これ知ってるよ!ガンダムウィング!」
「え〜モモちゃん詳しい!ガンダムは聞いたことあるけど、私よくわかんなくて。」
「私も見たことないし、よくわかんないんだけどね、うちのパパがガンダム好きで、プラモデルが結構家にあるのよ。」
私たちは古いおもちゃが面白くて、ガサゴソと中をみると他にもキン肉マンとかいろんなフィギュアがある。昔これでお父さんや叔父さん達が遊んでたかと思うと、ちょっと変な気持ちになる。今現在大人になってる人にも子供の頃があったって言うのは頭では想像できるけど、実際は思い描けないっていうか。毎日仕事で遅くなっては、週末に疲れたぁと言って寝てばっかのパパが、こんなおもちゃでごっこ遊びとかしてたなんて、なんだか不思議な気分だ。
結局この箱の中からはおもちゃ以外のものが見つけられなかったので、諦めて次の段ボールを開けることにする。次に何か探すときにわかりやすいように、おもちゃの入った段ボールの側面には大きな字で「おもちゃ・フィギュア」と書いておいた。
次の箱はさっきまでのおもちゃが入っていた箱より、ずっと重い。力一杯引っ張り出すようにして押入れから出して中をみると、そこはアルバムが入っていた。
3人で興味津々で見ていくと、そこにはお父さんと叔父さん達がいっぱい写っている。最近のでは、大学を卒業したらしい時の写真。いっぱいあるのは、運動会や学芸会のような写真だ。
「待って、見てこれ、咲にそっくりだよ」
「わ〜ほんと!咲ってお父さん似だったんだね!」
「ちょっと!恥ずかしいから見ないでよ!」
二人が開いていたアルバムには小学校入学の時の写真で、「入学式」とかいた看板の前でピースをする少年は、私にとてもよく似ていて強い血のつながりを感じさせる分なんだか恥ずかしかった。学校行事の写真だけでなく、所々家族旅行の写真も入っていて、段ボールの奥に行くに従って、お父さん達は幼くなっていき、おばあちゃんとおじいちゃんは若くなっていった。
長男であるお父さんが生まれた写真より前にはおじいちゃんとおばあちゃんが結婚した頃の写真もあったが、それで終わりではなく、まだアルバムが入っている。一番下のそのアルバムを取り出して開いてみると、そこには白黒の写真があった。
「わ、白黒だ」
「加工じゃなくて見るの初めて!」
「すごいね!この赤ちゃん誰だろ?」
「もう、男か女かもわからないね」
物珍しさに次々とページをめくっていくと、隙間から何枚かの紙がはらりと落ちた。古びて今にもちぎれ落ちてしまいそうな、ヨレヨレの紙。その紙を拾い上げて見ると、それは達筆すぎる字で何かが書かれたハガキだった。かろうじて読めなくもないけど、繋がるように書かれた文字達が読むことを難しくさせている。裏を返してみると、私にも分かる字で「軍事郵便」と赤いハンコが押されていた。
「これ…」
ハガキを持ったまま固まる私の背中から二人が覗き込んでハガキを見てくる。
「軍事郵便って、戦争中のあれ?」
「え?やっぱり…そうだよね…」
「咲のおじいちゃんって戦争に行ってたの?」
「どうなんだろう…」
おじいちゃんは、私が生まれるより前に病気で亡くなっていて、実のところどんな人だったのかも知らない。今までも、おじいちゃんの話は聞いたことはあっても、戦争に行ったかどうかは聞いた事がなかった。おじいちゃんは戦後生まれのおばあちゃんより6歳ぐらい上だとはいえ、戦争に行くような歳だったとは思えない。
「おばあちゃんに聞いてみよう。」
私たちは探し物をそっちのけで、リビングでお茶を飲みながらテレビを見ているおばあちゃんに声をかけた。テレビでは、比較的近い街で今日やっている花火大会が中継されていた。バンバンという音と共に、大輪の花が夜空に咲いている。
「おばあちゃん、これ…」
私がハガキを差し出すと、おばあちゃんはハガキを手に取った。
「ああ、これね。懐かしいものが出て来たわねぇ。」
「これって、軍事郵便ですよね?確か、兵隊に行った人がやり取りするようの手紙って習ったような気がするんですけど…」
「おじいちゃんって、戦争に行ってたの?」
思い切って聞いてみると、私達の勘違いに気付いたのか、小さく笑いながら答えてくれた。
「まさか!終戦の時におじいちゃんは1歳だか2歳だかそんなもんなのよ。そのハガキは、おじいちゃんのお父さんが送ったものなの。」
「おじいちゃんのお父さんが?」
おばあちゃんがテレビの音量を小さくする。途端に、花火の音と、解説するアナウンサーの声が小さくなった。それでも、ポツリポツリと語るおばあちゃんの声は小さくて、私達は、おばあちゃんの話を真剣に聞こうと、耳をそばだたせる。
「そうなの。おじいちゃんが生まれる前にね、南方の方に兵隊として送られて、そのまま戦死しちゃったみたい。そのお手紙はね、おじいちゃんのお母さんが大事に置いておいた形見でね。お父さんを知らないおじいちゃんが、この手紙が父親の代わりなんだって、ずっと大事にしてたわ。おじいちゃんが亡くなった時に一緒に棺桶に入れてあげようかと思ってたんだけど、お葬式の時とかって忙しいから、どこにしまったのかわからないまま見つけてあげれなくてね。…そう、それが見つかったのね。」
おばあちゃんはそう言うと、まるでおじいちゃんを見つめるかのように、愛おしそうにそのハガキをそっと撫でた。
「あの、私達夏休みの宿題で、戦争について学ばないといけなくて。もし、ご存知でしたら、その手紙のこととか教えてくれませんか?」
しばらく小さなテレビの音だけが響いた後、モモちゃんがそう言い出した。初めの打ち合わせとは違う形の平和学習になるけど、これはリアルな話を聞く千載一隅のチャンスかもしれないと、私とみっちゃんも互いに顔を見合わせてうなづく。おばあちゃんは、「私も、おじいさんから聞いただけで、よくわかってないんだけど。私も戦後生まれだしね。」と返して、眉毛を下げた。
「えっとじゃぁ、この手紙なんて書いてあるんだろう?なんか、読めそうで読めなくて…」
「そうね、昔の人の字だものね。最近はこんな風に続けて書かず、楷書で書くのが普通だものね。」
そう言って、おばあちゃんは何枚かあるうちの一枚を手に取って読んでくれた。
八重へ
お元気ですか。東京はそろそろ寒くなってきている頃かと思います。こちらはいつまでも暖かく、一体今の季節はどうだったかなと思ってしまいます。果物や魚なんかも、普段見ることのないものが実っています。こちらでは立派に勤めを果たしてまいりますから、八重も寒さに負けて風邪など引かぬようにお過ごしください。
正雄
ハガキという短さもあるだろう。それにしたってなんだか簡素な文だった。もう少し書くことがあるだろうに。そう思っていることにおばあちゃんが気づいたのか、「昔はね」と説明してくれた。
「昔はね、検閲というのがあって、日本軍にとって都合の悪いことを書いている場合は黒塗りにされたり、内容によっては捕まることもあったの。非国民だって言ってね。だから迂闊なことは書けなかった。もちろん、どこにいてどんな生活をしているかとかも軍事機密なのよ。そうなると、書けることが極端に少なくなってしまうはず。でも、見て。できるだけ奥さんを喜ばそうとしたんじゃないかしら、文字の周りに絵が書いてある。きっと派兵された南方の島にこんな形の魚や果物があたんでしょうね。」
そうやって見せてくれたハガキにはレモンのような形の実や、マーガレットのような形の花、顎が出っ張っている魚などが書かれている。決して上手ではなかったけど、正雄さんが一生懸命に書いてくれたのはわかる。
私たちはなんだか暖かな気持ちになった。このハガキを見ると、伸び伸びとした字で、正雄さんの元気の良さと優しさが伝わってくる。みっちゃんもそう思ったのか、私の気持ちと同じことを口にする。
「この字を見てると、元気だよ。っていうのが伝わってくるね。きっと受け取った八重さんも安心したし、この絵を見ていい場所に行ったんだなって安心できたかもしれないよね。」
「うん、私もそう思ってた。」
「そうね、おばあちゃんもそう思う。でもね、実際は南方の方は大変だったっていうじゃない。私だって詳しく知ってるわけじゃないけど、南方は玉砕だとか、飢え死にだとかそうゆう話を聞くと、正雄さんはあえて元気に見えるような文字にして手紙を出したんじゃないかなって気もするの。」
「え?どうゆうこと?」
「離れていて、連絡手段が手紙だけなのよ。自分は元気です。こちらのことは心配しないでっていう思いを字に込めたから、こうゆう伸び伸びとした字になったんじゃないかしら。本当は、明日死ぬかもしれない不安とか色々あったと思うの。もちろん、そんな弱音を大々的に言えるような時代でもなかったけど、小さな字だったり震えているような字だったりしたら、怯えてるんじゃないかと思われたり、受け取った人からは体調不良とかを心配されてしまうと思うの。そんな心配をさせたくないから、相手のことを思って元気に見えるようにわざとこんな文字を書いたのかもしれないよ。自分のことは心配しないで欲しいという思いを、文章だけでなく文字に込めて。」
おばあちゃんが言ってくれたことが、とても重たく心に響く。明日爆弾が落ちてくるかもしれない状況で一番に思うことはなんだろう。自分のこの状況を呪うことか、現実逃避をして幸せな未来を描くことか。正直なところ想像もつかなかった。でも、この文字から伝わることはある。きっと正雄さんは何よりも奥さんのことを一番大切に思っていたんだ。
その時、おもむろにおばあちゃんが一枚のハガキを取り上げた。
「そうそう、これよ。おじいちゃんが一番大切にしていたのはこの手紙。」
おばあちゃんが読み上げてくれたのは、おくるみに包まれた赤ちゃんが泣いている絵を描いたものだった。
八重へ
お身体いかがですか。八重の実家の山梨に疎開したという手紙を受け取りました。身重での移動は大変だったことでしょう。我が子はあとどれぐらいで生まれるのでしょうか。もし生まれたら、男の子なら名前を「勇」女の子なら「千代」と名付けてもらえますか。元気な赤ん坊が生まれますように。
正雄
それは、遠く離れた地から妻と生まれてくる子供の健康を案じている手紙だった。ここでもやっぱり、自分よりも誰かを優先している正雄さんの優しさに、胸が痛くなった。
「軍事郵便って言っても、今みたいに何日後に必ず届いているって保証もなくてね。どの手紙が届かなかったのか、はたまたすれ違っちゃったからなのか、名付けでちょっとした事件があったみたいでね。八重さんが、生まれましたよ。名前は「清一(せいいち)」にしましたからっていう手紙を送ってるのに、読んでないからか「勇」にしろって手紙が来て困っちゃったみたいなのよ。しかも、生まれて4ヶ月も経ってから届いてるのよ。今更名前を変えるわけにもいかないしね。っていつもお袋が言ってたって、おじいさんが言ってたの。お袋がハガキを待たずに名付けちゃうから、勇ましい男じゃなくて、心の清らかな優男になっちまったよ。なんてね。」
おばあちゃんは、この話をするおじいちゃんを思い出したのか、仏壇を置いてある方をみると、ふふふと笑った。
そうか、既読なんてつかない手紙だから前に出した手紙を読んでくれているかどうかも出した本人にはわからない。現代だって郵便事故で届かないことがあるくらいだから、当時なら届かないことがもっと頻繁にあったはずだ。ましてや戦争中。書いた手紙が相手の元にきちんと届くなんて、奇跡の連続なのかもしれない。なのに現代を生きる私は、LINEの既読がついても返事がないことに拗ねてしまったり、腹を立てたりしてしまう。それは、相手が生きてるってわかっているし、私と同じような生活をしてるなら、返事をするぐらいの時間はあるだろって思うからだ。けれど、当時の人は相手が自分と同じ生活をしていることが当たり前ではない。方や弾丸が飛び交う場所にいて、生死すらわからない。そんな中で、相手の幸せを願って手紙を書き、相手が生きている事を祈ってただじっと返事を待つ。時には返事が遅いことに不安になる時もあっただろうけど、じっと待ちつづける。現代にはないそのその心に強さに胸が打たれた。
「そうそう、それとね、おじいさんが私と結婚してくれた理由なんですけどね。」
何かを思い出したようにパンと手を叩いて、おばあちゃんが急に乙女みたいに頬を赤めながら言う。
「字が綺麗だからなんですって。おじいちゃんにとってはこの字の人がお父さんでしょ?伸び伸びとしてて元気な字。だからね、おじいちゃんはそんな文字を書く人に憧れてたみたいなの。まぁ、今で言うファザコンってやつかしら。でね、郵便局で働いていた時に私の字を見て、この人だって思ったらしくて、突然あなたの伸び伸びとした字が大好きですって言われたの。私の顔じゃなくて字なの!?て思ったんだけどね。そう声をかけてもらった事からお付き合いが始まってね。だから、字が綺麗ってことは大切なこと。でも、何をどう綺麗って思うかは人それぞれだから、綺麗ってことにあまり深くこだわるんじゃなくて、まずは止めとはらえ、はねとか、細かいところをきちんと書くこと。そして相手を思いやることが大切なのよ。明日はそういったことを中心にお習字していきましょうね。」
上手にまとめに入ったおばあちゃんは、さぁさもうお風呂は沸いてますよ。順に入ってちょうだいと言って立ち上がる。私達はおばあちゃんに追い立てられるリビングを出た。 その後順番にお風呂に入っている間に、おばあちゃんから依頼されていた文鎮やら硯やらを押入れの段ボールの中から探し出した。その後、並べて敷かれた布団の上で3人で話し合って平和学習の宿題はこの軍事郵便のことにすることにした。流石にこの手紙をそのまま持って帰ることはためらわれたから、写真を撮っておく。
レポートの概要はまず初めに、軍事郵便とは何かに触れた後に、印刷した実際のハガキの写真を貼って、みんなが読めるようにおばあちゃんから教えてもらった読み方も書く。そして、おじいちゃんの名付けのエピソードも載せることにした。もちろん、私達がこの軍事郵便や正雄さんの手紙の内容や文字に何を思ったかということも一緒に。
戦争という非現実的な状況で、妻や子を思い遣った正雄さんの優しさと強さが、みんなに伝わればいいなと思いながら。
翌日は午前中3時間ほどはみっちり習字に充てることになった。硬筆に始まり最後は毛筆まで。細かいところも丁寧に書く練習を自分の名前でする。みっちゃんは陸くんの名前も一緒に練習していた。ずっと文字を書いていると、初めの方の気合の入った字や、集中力が欠けてきた字などいろんな文字があることを自分で知る。自分で気づくということは、相手も気づくということで、集中しているかどうかや自分の心の状態が相手にバレていると思うと恥ずかしい。ほのかちゃんに手紙を書くときはちゃんとしとかないとと、決意を新たに練習する。誰かに見てもらいたい字があると練習にも熱が入る。それはみっちゃだけでなくモモちゃんも同じだったようで、二人ともかなり真剣に練習していた。
練習が終わると、お昼を食べて、おやつの時間には待ちに待ったスイカ割り。庭にブルーのシートをひいて、その上に大きなまん丸のスイカを乗せたところで、おばあちゃんがどこからともなく木刀を持ってきた。
「町内会の人に、今度スイカ割りを孫とするって話をしたらね、貸してくれたのよ。」
そう言って手渡された木刀は思ったよりも大きくて、重かった。
私たちは順番に目隠しをして、あっちじゃないこっちじゃないと言いながら、スイカに向かって木刀を振り下ろす。私達の力じゃ一回当たったぐらいではスイカは割れない。3人で協力してなんとか割れたスイカを私は写真に撮った。ほのかちゃんに見せるためだ。上手く絵はかけないから、写真を印刷して手紙に添えてるのもいいかもしれない。昨日の花火ではそんなこと思い付かなかったから写真を撮ってはいないけど、その代わりに割れたスイカの写真。これはこれで、夏の楽しさを象徴しているようで、我ながらいいアイデアだなと思った。
相田 ほのか 様
こんにちは。お元気ですか。この前はお手紙ありがとう。ほのかちゃんは夏休み花火大会に行ったんだね。すごい人だったんじゃない?綺麗な花火の絵をありがとう。
私は、前の手紙で書いた通り、友達とおばあちゃんちでお泊まり会をしてきました。手持ち花をやったり、スイカ割りをやったり。スイカ割りの時の写真を一緒に入れるね。割れた形が面白かったから写真に撮ってみたの。
あと、おばあちゃんの家では、おじいちゃんのお父さんの軍事郵便というのが出てきて、そのことを夏休みの平和学習の宿題として出したよ。文字から伝わる思いってあるんだなぁって気づいて、おばあちゃんにちょっとだけ習字を教えてもらったの。練習したのは自分の名前だけなんだけど、今日の手紙では上手く書けているといいな。
長いと思ってた夏休みも、ほとんど部活で終わっちゃって、なんだか悲しかったな。もう2学期も始まって1ヶ月以上もたつよ!うちの学校では10月に体育祭が12月に文化祭があるよ。ほのかちゃんの学校もあるのかな?私達の手紙の交換も結構回数を重ねた気がしてます実際残りが数回ぐらいじゃないのかな?そうだと思うと、ちょっと悲しいです。せっかく仲良くなれたと思ったのに。本当にほのかちゃんと手紙を交換できて良かったよ。ありがとう。
小鳥遊 咲
