Letter~手紙がつなぐもの〜

「やっとテスト終わったね〜!」
 1学期の期末テストが終わって、すぐに私の席に来たかと思うと、みっちゃんは目を輝かせて私に話しかけてきた。確かに期末テストは辛かった。中間テストは1年生になっても日も浅いため、出題範囲も狭かったので特に困ることもなかったが、期末テストともなれば範囲は広いし、難しくなっているしでてんやわんやだった。テスト前で部活が休みになるのは1週間前からだから、そこからの勉強で間に合うと思っていた私は、このテストで大いに撃沈した。平均点以下だったら塾に行きなさいと親からは酸っぱく言われているが、もしかしたら夏休みからは塾通いかもしれない。そんな不穏な予感があった私は、みっちゃんみいに明るく返事ができない。
「みっちゃんは元気そうだね…。もう私はダメだぁ。」
 机に向かってスライムみたいにぺたんこに体をおる。もう、やる気も元気も全部なくなって溶けてしまいそうだ。みっちゃんがそんな私の頭をよしよししてくれる。
「私だって、全然だよ。でも、終わったんだから、気にせずに目一杯遊ぼうよぉ。せっかくなんだからさ?」
 みっちゃんが甘えた声でそうゆう時は、何かおねだりしたい時だ。もちろん、何かして一緒に遊ぶだけじゃない。その奥に本当のお願いが隠されてるはず。
 「え〜?どっか行きたいの?もしかして、またレターセット探し?」
 あれから、私たちは一緒に購入したレターセットで一度手紙を書いて、中間テスト後しばらくして返事を受け取っていた。
 私が受け取った返事は、この前とは打って変わって、空柄のレターセットが使われていた。文面でも、私が前回書いたことに影響を受けて、自分が好きなものがが柄になっているレターセットを使ったと書いてくれていて、私の書いたことを真摯に受け止めてくれていることがとても嬉しかった。便箋に合うように、文字だってはじめから最後まで几帳面に丁寧に綴られていた。なのに自分の名前だけは、急いで書いた感じで、便箋の端っこもくっしゃっとなっていたのはきっと書き上げるのに時間が足りなくて、急いだせいだろう。あんな長文を丁寧な文字で書くから、時間だってかかるはずだ。
 一方みっちゃんは、相手の男の子から猫のレターセットが可愛かったと褒められ、自分も猫を飼っていること。その猫は若い3歳のアメリカンショートヘアーで、机に向かっていたら「構ってくれ」と邪魔をしてくること。でも、それが可愛いんだということが書いてある返事を受け取ったようだ。この前よりもかなりの長文な上に、自分と同じ猫好きとあって、みっちゃんの恋心は鰻登りだ。手紙を受け取ってから1週間ぐらいは「同じ猫好き!やばい!どうしよう、どうしよう!」を連発していた。けれど、思いが募れば募るほど返事は書けなくなていくらしい。何を書けばより気に入ってくれるのか?字はこれで大丈夫か汚いんじゃないか?気になり出すと全てが気になって何も書けないようだった。でも、先生も忙しいのか、なかなか郵便屋さんの真似事ができないらしく、今度は学期末までに先生に渡せばいいことになっているから、まだ時間はある。レターセットからゆっくり選び直すの?次はどんな猫が陸君は気にいるのでしょう?なんて、みっちゃんを揶揄っていると、頬を膨らませたみっちゃんが抗議してくる。
「違うよぉ!もう、揶揄わないで!レターセットじゃなくて、せっかくテストも終わったんだからクレープ食べに行こうよぉ。」
「今日?今日は部活あるから無理だよ。」
「それはわかってるって!また日曜日でいい?13時に待ち合わせして、駅前のクレープ屋さん行こう!」
「モモちゃんも誘う?」
「もちろん!後でモモちゃんにもLINEしとくね。」
 ちょうどその時、チャイムが鳴り始めた。みっちゃんが慌てて席に戻る。あとは、ホームルームさえ終われば、今日は部活をして帰るだけだ。
 久しぶりの部活に、あまり運動が好きでない私も、ちょっとワクワクする。動かなかったら動かないで気分が晴れないというか、なんだかしんどくなってくる。苦手でもなんでも、一所懸命に動いていたらいつの間にか頭がスッキリしていることに、近頃気づいていた。
 チャイムも鳴り終わり、みんなが座った頃に猪田先生が教室に入ってきた。
 「お〜お疲れ〜。今日で、期末テストも終了だな。結果がどうであれ、次の大イベントは夏休みだ!そこでだ、夏休みまでにまだ2週間ほどあるが、夏休みの宿題を一部発表しておこうと思う。」
 「え〜もう?」
「早すぎ〜」
「やっぱり宿題って多いのかな?」
 思いもかけない夏休みの宿題の話に、クラス中のみんながザワザワと声を上げる。
 しかし、猪田先生はみんなの声を無視するように、プリントを配り出すと、次に黒板に大きく文字を書いた。
 『平和学習』
 あ〜またあれか、と私は思った。小学校でも毎年5〜7月頃にやっていたやつだ。8月の終戦記念日に合わせて、戦時中のことを色々調べたり、教えてもらったりするのだ。
 去年は小学校の修学旅行が広島だったこともあって、平和学習として原子爆弾について学び、その集大成として修学旅行で平和記念公園と原爆資料館に行ったのだ。過去の戦争で日本は酷いことをしたし、酷いこともされた。もう二度とそんな苦しみを味合わないように私達は過去の戦争について学ばなければいけない。そのこと何度も聞いたし、わかっているつもりだ。けれど、正直気が重かった。絵とはいえ、傷ついた人を見ることも、怖かった話を聞くことも、その全てが私の気を重くさせる。
 そっとため息をついていると、猪田先生がざわつきに負けないぐらいの声を張り上げて言った。
「夏休みの宿題として、戦争と平和について考えて、レポートにまとめてきて欲しい。内容はなんでもいい。おじいちゃんやおばあちゃんとかひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんとか、戦争を体験した方がご存命のうちは、その方に戦時中の話を聞いてきてもいい。もうそろそろ、戦中のリアルな体験が聞けなくなる頃と言われている。もし聞けるなら、これが最後のチャンスになるかもしれないから、きちんと聞いてきてほしい。身近にそういう体験をした方がいない人は、原爆資料館のような戦争の資料館のようなところに行ってもいいし、夏になると市が主催する戦争展のようなものを見に行って、感じたことや考えたことを書いてもいい。そういった過去のことを調べたりすることが難しければ、今起きている紛争や戦争について思っていることを書いてもいい。写真や絵を入れて新聞形式でもいいし、原稿用紙に文章で書いてもらってもいいからな。あと、この宿題は一人じゃなくて、グループで行ってもらってもいいぞ。グループのメンバーはクラスを超えてもらっても大丈夫だ。部活で一つの発表をしてもらってもいいぞ。まぁ、所属人数が多いグループは出来栄えに期待しとくからな。いいかぁ、ちょっと時間がかかりそうな宿題だから、先にこれだけは発表しとくな。」 
 さて、なんて難しい宿題が出たんだろう。これだったらドリルとかを出してもらう方が簡単なのに。さて、どうしよう。楽しい夏休みを想像していたはずなのに、これだけでもうお先真っ暗だ。クラスを跨いでもいいなら、みっちゃんやモモちゃんに声をかけてみようか、それともテニス部で一緒にやることになるんだろうか。
 私は平和学習のことが気になりすぎて、猪田先生が次に話し出した内容は、何も頭に入らなかった。

「ねぇねぇ、お願いがあるんだけど。」
 みっちゃんが提案してきた、例の週末の日曜日。クレープ屋さんは駅の向かいにあり、店内だけでなく外でも食べれるように、テーブルと椅子が数個通りに面して置いてある。私達は、もうそろそろ暑くなってきたけれど、さわやかな風が吹く外の席についた。駅の入り口では何かの募金を呼びかけている様子が見える。
 みっちゃんは、イチゴトリプルチョコレートを食べながら、上目遣いで私を見てお願いを口にしてきた。薄い水玉模様のスカートと白いブラウスがまるでクリームソーダみたいなみっちゃんの服装は女の子らしくてすごく可愛い。モモちゃんだって、ジーンズにTシャツだけじゃなく、その上に透け感のあるシャツを羽織っていて、大人びている。なのあに、白いTシャツに黒のロンパースを合わせたオーバーオールを合わせただけの私の服装は、小学生男子みたいで、少し恥ずかしくなる。
 私は、自分の恥じらいを隠すように尋ねる。
「どうしたの?」
「えっとね、咲のおばあちゃんって書道の先生だって言ってたじゃない?字を綺麗に書く方法とか教えてくれないかなぁ?なんか、私本当に自分の字に自信がなくて…」
「それって、陸君への手紙のため?」
 抹茶と小豆クリームを食べていたモモちゃんがびっくりした顔をする。クレープを食べやすくするため、今日は長い髪をポニーテールにしているんだけど、切れ長の目とシャープな顔を際立たせていて、モモちゃんをよりカッコよく見せている。
「うん…なんかね、手紙書いてたら自分の字が恥ずかしくてさ。特に陸君ってかっこいい字じゃない?だから、私このままでいいのかなって…。」
「でも、字なんて急には上手くならないよ?」
「わかってるんだけど、なんかコツみたいなのないのかなぁって。っていうか、咲はなんでおばあちゃんに習字習わなかったの?」
「特に、深い意味はなくて…まぁぶっちゃけ、おばあちゃんの家だって近いわけじゃないし、習い事に移動時間に…って遊び時間がなくなるのが嫌だったってだけなんだけどさ。」
「でも、なんだかんだで、咲の字って綺麗だよね。」
「そりゃぁ、毎週は無理だけど、夏休みとかおばあちゃんの家に行った時ぐらいは教えてもらうしね。せっかく行くんだからさ。でもさ、正直なところ、今って字が綺麗でも汚くてもたいして変わらなくない?自分で書く機会なんてそんなないじゃん?ママには字にはその人の性格が出るから、綺麗でいるにこしたことはないって言われたけど、それならそれで字で判断するんじゃなくて、ありのままの私を見てよって思ったしね。」
「まぁ確かにそれはそうだ。」
モモちゃんが相槌を打ってくれる。みっちゃんもわかる〜と口にした。
「私もそう思ってたんだ。癖字かもしれないけど、汚いわけじゃないし、ましてや読めないなんてことはなくて、誰でも読める字だっていう自負はあるし。読める字ならそれで十分。それ以上に綺麗である意味がないって思ってた。それに一朝一夕で上手くなるわけじゃないのがわかっているから、面倒等というか。いつ役立つかもわからないことを習うって、コスパだってよくないよね。でもさ、こうやって手紙を書くってなると、私の癖字がなんかはずかしくてさ…。特に、陸君が上手だからそう思うのかもしれないけど…」
「まぁねぇ、わかる。こうやって私たちが字や文章から相手を色々想像するのと同じでさ、相手もこっちのこと色々想像してるんだろうなって思うと、できるだけ綺麗に!とか、ちゃんとした文章で!とか、色々思っちゃうよね。」
「でしょ?だからさぁ、なんかちょっとしたコツでもいいから、なんか教えてくれないかなぁ?」
「言ってることはわかるし、私もそう思うんだけど、コツかぁ…どうだろ?そんなのあるのかなぁ?あったら私も知りたいんだけど。…一応、おばあちゃんに聞いてみるね。」
「ありがとう!助かる!」
 ふわっと笑ったみっちゃんは、前から可愛かったけど、今の方がより可愛くなったと思う。ただ、好きなだけじゃない、何かに前向きに頑張る気持ちが、みっちゃんをより可愛く見せているのだとすれば、それはとても凄いことだと思った。
 私はみっちゃんの期待に応えるべく、早速おばあちゃんにLINEを送った。
こんにちは!の笑顔のウサギのスタンプを送ってから、「おばあちゃん、教えて欲しいんだけど、すぐに字が上手になる方法がある?」と。
 おばあちゃんだって、そんなに暇なわけじゃないから、返事はがすぐあるわけじゃない。返事を待つ間、私たちの話題は夏休みの宿題のことになった。そう、あの「平和学習」についてだ。
「やっぱりやるなら3人一緒がいいよね?」
 みっちゃんが提案すると、私たち二人はもちろんとうなづいた。
「一人でやるのはちょっと難しよね。私の周りには戦争体験なんて聞ける人いなくて。みっちゃんか咲はそうゆう人誰か思い当たる?」
「う〜ん、いないなぁ。小学校の時もそんな宿題があったから、一度おじいちゃんに聞きに行ったことがあるんだ。おじいちゃんが子供の頃は戦争してたって聞いたことあったんだけど、実際は戦時中とは言ってもその時はうんと小さい頃だったから、覚えてないんだって。おじいちゃんのお母さんは、戦争の頃の話をおじいちゃんにしなかったらしくて、なんも知らんまま幸せに育っちまってなぁって言ってた。」
「そっかぁ…私もいないなぁ…大体さ、戦争体験して覚えてる人て、80歳以上ぐらい?ひいおじいちゃん、おばあちゃんぐらいだよね。そんな人周りにいる?」
「少なくとも、私達3人の周りにはいないよね。」
「だよね。じゃぁ、やっぱり企画展みたいなのを見に行くのがいいかな?」
「企画展って、いつどこでやってるんだろう?過去の戦争じゃなくて、最近の戦争でもいいって言ってなかった?」
「それってウクライナとロシアとか?」
「そうそう、それなら新聞の記事を切り抜いたりとかでもいいんじゃない?」
「あ〜その方が早いかな?でも、うち新聞とってないや。」
「うちも〜。じゃぁ、ネットニュースのコピーとかかなぁ?」
 ピコン
 その時、LINEの受信を告げる音がした。見てみると、おばあちゃんからの返事だ。
「どうしたの?急に。」
「学校の授業で、文通していて、字が下手なのが恥ずかしいって友達が言ってて。コツがあったら知りたいらしい。」
「字には気持ちが表れるから、まず丁寧に書くという気持ちを持つこと。あとは、名前だけでも綺麗に書けると、印象は違うよ。」
 文面をそのままみっちゃんとモモちゃんに転送すると、スマホの画面を見たみっちゃんは目を輝かせながら言った。
 「自分の名前の練習かぁ…考えたこともなかったな。夏休みの間に、名前だけなら綺麗に書けるようになりそう!でも、見本はどうしよう?携帯で打って出てくる文字を練習すればいっか?」
 「それこそ、おばあちゃんに見本書いてもらってその写真を送ってもらうよ。」
 私はみっちゃんに提案すると、早速おばあちゃんにメッセージする。
「おばあちゃん、見本書いた写真を送って。名前は三井花音だよ。」
 しばらくすると、おばあちゃんから綺麗な字で『三井 花音』と書いた写メが送られてきた。そして、その下にメッセージも。
 「簡単な字ほど、バランスをとってカッコよく書くのは難しいよ。もしよければ、夏休みに2泊3日で習字を習いにみんなで来ない?女子だけの習字パーティーをしよう。」
 まさかの、願ってもない提案だった。おばあちゃんの家は、急行電車で2駅先だから、それほど遠くないし、とても楽しそうなお泊まり会になりそうだ。早速お泊まり会の予定をみんなで話しあった。したいことは、一番の目標の習字。次はやっぱり花火。スイカ割りもしたいよねなんて。そして、おばあちゃんの家にある新聞を使って、平和学習の宿題も一緒にやってしまおうということにもなった。
 楽しそうな夏休みが始まろうとしていることに、ワクワクして、この気持ちをほのかちゃんにも伝えたくて、その晩私は手紙を書いた。
 今回の便箋はひまわりが全体に大きく配置された、夏を思わせるものだ。封筒は薄いブルーの無地のもの。夏の突き抜けるような青い空と、太陽に向かって元気に咲くひまわり。こんな夏の景色をほのかちゃんも受け取ってくれたらいいなと思いながら。
 
相田 ほのか 様

こんにちは。
期末テストがやっと終わったね!私は結果が怖いよ。結果を見ちゃうと、何もする気が起きなくなりそうだから、テストが終わった当日の今日手紙を書いてます(笑)そういや、この前の手紙で、吹奏楽部の子に声をかけたって書いてあったけど、その勇気すごいね。フルートが吹けなくて入部は断念したみたいだけど、その行動力があればフルートも吹けるようになりそうだし、入部すればいいのになって思いました。え、なんか私上からかな?ごめん。このことは、置いといて…もうすぐ夏休みだね。ほのかちゃんは夏休み何をするのかな?私は仲良しの友達二人と、私のおばあちゃんの家に行くことになりました。お泊まり会の予定なの。すごく楽しみ。そこで、みんなで習字と夏休みの宿題をする予定。また、どんな夏休みになったか聞いてね。
 あ、あと、この前の手紙で、ほのかちゃんは読書が好きって言ってたね。私はあんまり読まないから、いつもお母さんに「もっと本を読みなさい」って言われてるの。でも、字が多いのが苦手で。だから、オススメの本とかなくてごめんね。一応、今ハマってるのは「推しは私の患者です!」っていう漫画だよ。あ、相田、ほのかちゃんが手紙を書くのが上手なのも、本をいっぱい読んでるからかもしれないね。 
 えっと、なんか思いつくままに書いてたら変になっちゃった。いつも下手っぴな手紙でごめんね。じゃぁ、またお返事を楽しみに待ってます。

                           小鳥遊 咲