Letter~手紙がつなぐもの〜

例年に無い暑い夏だったせいで、残暑が長引き、10月になっても暑い夏が続いていたせいか、体力が落ちていたらしい私は突然発熱した。前夜から体に力が入らないように気がして、早めに就寝していたはずが、朝になってもやはり倦怠感は続いており、体を起こそうにも力が入らない。さらに、これでもかというほど寒気が止まらない。まだまだ暑い日が続くと天気予報では言っていたはずなのに。布団を身体中に巻き付けても一向に暖かくならず流石に我慢しきれなくなった私は、手元の緊急用ブザーに手を伸ばす。窓から見える空はまだ濃い青色と紫色の中間で、日が上り切っていない時刻であるとわかったが、みんなが起きる時間まで待てなかった。
 「どうしたの?」
 慌てて飛んできた母は私の様子を見るやいなや、「顔が赤いわね。」と呟き、引き出しから体温計を取り出して私の体温を測る。
 数十秒後、ピピッと鳴った体温計がさし示した体温は40.4度だった。どうりでしんどいはずだと納得していただけの私と違って、母の決断は早く、携帯を手に取ると救急車を手配した。大袈裟なような気もしたけれど、主治医の伊藤先生からは何か異変があった時点で救急車を手配するように言われているので仕方がない。母は、救急車を待っている間、私に少しの経口補水液を飲ませたり、普段服用している薬やパジャマといった入院セットの用意をテキパキと始める。こんなことに慣れているなんて、慣れさせてしまっているなんて、なんだかなぁ…。
 病院に運ばれた後、診察や検査の結果診断は人工心臓部からの感染症ということで、敗血症を起こしかけていたため、そのまま入院となった。入院後2〜3日は流石の私も意識が朦朧としていて、家族がお見舞いに来てくれたことも含めてあまり記憶がなかったが、抗生剤が効いて来るとスッキリ熱も下がり体を起こせるまでになった。
 特にすることもない病室でぼんやりしていると、伊藤先生が顔を覗かせてくれた。
「だいぶ落ちるいてきたみたいだね。だるいとか、気になるところはない?」
「…大丈夫だとは思います…多分…」
「まだ倦怠感とかは残ってるかな?立てる?」
「トイレに行くときは立ちます…」
「ふらつきや動悸とか気になることは?」
「ないわけではないですけど…」
「そうかそうか。まぁ許容範囲の状況かな。」
 伊藤先生は、一人でふむふむとうなづいている。私は意を決して先生に尋ねてみた。そこそこ元気になると、入院しているというのはなんとも暇なのだ。特に個室だと、同室の方と仲良くなるチャンスもない。そうなると、同じ寝ているにしても、家の方が落ち着けるし、やることも探し出せる。できれば退院したい。
「あの、私、いつ退院できますか?」
「うん、感染症に関してはもう熱も下がっているし、抗生剤は念の為飲み薬に切り替えたら退院はできるよ。」
 先生は明るくそう言うけど、他に何か言いたいことがあるような顔をしている。もう長年の付き合いだからそういった先生の細かな変化にも気づけるようになった。いや、もしかしたら伊藤先生は顔に出やすいタイプなのかもしれない。そうだとしたら、医者をするのはなかなか大変そうだなぁと思った。
「先生は他に何か気になることはあるの?」
私から聞くと、先生は大きく目を見開いた。
「あれ?そんなに僕ってわかりやすい?」
「うん、わかりやすい…それか、長年の付き合いだからかも?」
「どうせなら、長年の付き合いだからっていう事にしてほしいけどなぁ…」
話をはぐらかそうとする先生に、私は自分から踏み込んでいく。
「で?何が気になるんですか?」
先生は、困った顔をして、一瞬言葉に詰まってから、口を開いた。
「今すぐ話すのはよそうかなぁ。今日の午後からお母さんとお話をする事になっているから、その時同席して欲しいかな。」
親と一緒じゃないと聞けない話ということは、あまり良い話ではないという事だ。今までだってずっとそうだった。
「はい…」
 私が緊張と不安で掠れた声で返事をすると、先生は小さくうなづき、何も言わず部屋を出ていった。

 丁度お昼ご飯を食べ終わって、食器を片付けてもらった直後ぐらいに母がお見舞いに来てくれた。
「今日はだいぶ顔色が良くて安心したわ。そろそろ退院って聞いてるの。まどかもその話聞いた?いつになるかしら?楽しみね。」
「あ、うん…」
「まどかがいてくれないと、ほのかもなんだか元気がなくてね。」
「ご飯も全部食べれるようになった?できるだけ食べなきゃダメよ。」
「リンゴを持ってきたんだけど、おやつに食べる?」
 言葉少なに返す私の返事の隙間を埋めるように、母が矢継ぎ早に質問をしてくる。けれど、母は昼からあるらしい先生との面談については何も触れてこない。今朝先生と話したことをまだ母は知らないから、母は私に内緒で先生と2人で話すつもりなんだろう。
 母がスマホで時間を確認した。そろそろ面談の時間らしい。
「お母さんね…」
言いかけた言葉を遮るように、私が言葉を発した。
「伊藤先生に聞いたよ。これから面談でしょう?あの、私も同席してもいいって言われてるから。」
「同席って…」
「私の体のことを話すんでしょ?私だって自分の体のことはきちんと知っておきたいから。」
 母が困った顔をする。母だってきっと厳しいことを言われると覚悟している。そして、そんな話を私に聞かせたくないと思っている。けれど、自分の体のことを自分で知っておく必要があるということに一理あることも知っている。
 母が黙っていると、伊藤先生が顔を出した。
「まどかちゃん、お母さん、こんにちは。」
 その声に驚いた母が慌てて立ち上がって頭を下げる。
「先生、いつもお世話になっています。」
「いえいえ、こちらこそですよ。どうぞ、お掛けになってください。」
 緊急時に対応できるように、いつも開けっ放しにしているドアを閉めながら先生が入ってくる。
「まどかちゃんから聞いたかもしれませんが、まどかちゃんにも参加してもらおうと思いまして、急遽ですが場所はこの病室にさせてもらいますね。」 
「そんな!」
 母が非難の声を上げるが、先生は意に返さず、自分も私を挟んで母とは反対側の椅子に腰を下ろした。
「まどかちゃんももう中学生だし、自分の体のことをしっかり知っておく必要があるからね。」
 優しい口調だけど、有無を言わせないその言葉に、母が引き下がって黙って椅子に腰を下ろす。
 みんなの心の準備が整ったところで、先生が真剣な表情で口を開いた。
「さて、まどかちゃんの現状についてですが。」
 私は緊張のあまり、唾を飲み込んだ。
「こうしてお母さんと一緒に話をさせていただいていることからも想像しているかもしれないけど、まさにその想像通りで申し訳ない。あまり状況は芳しくない。」
 やぱっぱり…
 先生の言葉は予想通りだ。そのせいか思っていたほどショックを受けることなく、しっかりと先生の話を聞くことができた。
「今回入院になった経緯について、お母さんには以前話したからまどかちゃんも聞いているかもしれないけど、もう一度キチンと話しておくね。」
 先生は、私にしっかり向き直ると、わかりやすい言葉で話してくれた。
「今回の発熱の原因は感染症と言ったけど、風邪や膀胱炎とったみんながよくかかるような感染症ではなくて、原因は人工心臓と体を繋いでいるところからの感染症。まぁ、こういった所からの感染は、どんなに気をつけていても起こるものだし、仕方のない部分もある。ただし、何回も起きると体力的には持たなくなるし、感染した菌の種類が薬の効かないものだったら、そのまま命に関わってしまう。」
 一度聞いていたであろう母は、目をぎゅっと閉じながら、何かに耐えるようにしている。一方の私といえば、自分のこととしてこの話を聞くこと自体は初めてだったけど、いろんな本を読んだり調べたりしていて、いつかこういう状況に陥るだろうということは想像していたので、気持ちは落ち着いたままだった。けれど、ここで話は終わらないはずだ。だって、母が知っていることだけで話が終わるわけがないんだから。
「本当に、今回は回復が早くて良かったよ。」
 私に優しく微笑んだ後、母と私を交互に見て、最後に私に目線を置いたまま話を続ける。
「ただ、治療のせいもあるかもしれないが、腎臓の機能の悪化が著しい。今の状態の心臓だと1日でも早く移植するのが望ましいんですが、今の状態で渡航を許可することは難しくなりました。」
「それって!」
 母が悲鳴のような声を上げる。私は理解できていないのか、感情になんの変化も起きなかった。
「待ってください、何か腎臓の方を先に治療する方法はありますよね?」
「そうですね、まず腎機能が悪化した原因を調べなければいけません。今回使った抗生剤の影響だとすれば、1〜2ヶ月もすれば改善してくる場合が多いです。しかし、それ以外のことが原因で心臓の機能が低下していることが原因となると…」
 流石の先生もそこで言葉を濁した。回復が難しいといことは、そのまま渡航がずっとできないということだ。移植は国内でできる分を待ち続けるしかない。何よりもまず、みんなに申し訳ないと思った。母や支援してくれてる近所の方を中心に、様々な駅や公共施設で募金をお願いしてくれていた。さらに夏休みにはほのかや小学生時代の友達が加わって募金をお願いする範囲を広げたことと、ニュースに取り上げてもらったことで、目標金額まで後少しというところまで来たと聞いていたのに…せっかくのみんなの努力を無駄にしてしまうかもしれない。
 母の方を見れば、母の方が倒れるんじゃないかという青白い悲壮な顔をしている。けれど、流石にもう声を荒げる事なく、今の私の病状の説明を淡々と受け入れてくれているようだった。
 
 先生との話が終わって、母が帰った後も私はボ〜ッとベッドの上に寝ているだけだった。色々な説明があったけれど、どれも頭の上を滑っていって、現実のこととして受け入れられない。元気になるという願いが絶たれようとしていることに絶望を感じる一方で、誰かの命を奪わなくても済むということに安堵している自分もいる。
 自分の気持ちに向き合いきれなくてただただ私はボ〜ッとしていた。
 そうしていると、勢いよく誰かが入ってきたと思ったら、急に抱きしめられた。ふわっと香る華やかなシャンプーの匂いは、ほのかのシャンプーの匂いだ。
 ほのかは、私の胸あたりに顔を埋めると、そのまま無言で抱きしめ続けた。時折聞こえる嗚咽から泣いているのがわかる。きっと母から私の話を聞いたんだろう。けれど、どうしようも出来ない私には、ほのかが顔を上げてくれるまで、ただじっと待っているしかない。
 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。もうすぐ面会時間が終わるという間際の時間になって、急にほのかは顔を上げた。
 その顔は目の周りは赤かったし、目は少し潤んでいたけど、もう泣いておらず、えへへと恥ずかしがるように笑った。
 そのまま何もなかったかの様に病気の話すはせず、ガサゴソとカバンの中を漁って取り出したのは、なんと咲ちゃんからの返事だった。今回の封筒はお月見しているウサギが描かれている。入院する前は暑い日が続いていたし、入院してからはずっと空調のあるところで生活していたから、すっかり季節感がなくなっていたけど、お月見の絵を見てそういえば今って秋だったんだっけと気づく。
 咲ちゃんからのお手紙はいつも季節感があって、あまり外に出ることがなくて、季節を忘れがちな私にはとてもありがたい。
「うさぎ、かわいいね。」
 どちらからともなくそう言うと、手渡された手紙を開封した。すると、何枚かの便箋の他にも入っているのがわかる。出してみると、それは押し花をラミネートしてのしおりにしたものと、割れたスイカの写真だった。
「このお花なんだろう?」
あまり花に詳しくない私が聞くと、同じく花に詳しくないほのかも「さぁ?」と首を傾げてくる。そして、そのしおりの写真を撮ると、画像から検索を書けた。
「あ、桔梗だって。秋の七草の一つらしいよ。」
「へ〜そうなんだ。なんか、星の形してるし、夜空みたいな花の色だし、なんだかとっても素敵なお花だね。」
「確かに!まどかが好きな空の花だね。本好きって書いたから栞にしてくれたんじゃない?」
「え〜わざわざ栞にしてくれたのかな?それだとすごく嬉しい。」
「そうだね。でも、この割れてるスイカの写真はなんだろう?」
「ん〜夏の思い出?」
「スイカ割り?よくみると、ここに棒も写ってるし。」
「確かに!」
 スイカについて想像を巡らせた後に、いつものように並んで手紙を読むと、やっぱりスイカ割りの写真だったとわかって、またキャッキャと話し合う。
 今日の1日はあまりいい日だと思えなかったけど、こうして咲ちゃんからの手紙を読んでいると、文章や字から元気がもらえるし、内容についてほのかと2人で話していると、嫌なことも全部忘れれる。
 終わりよければ全てよしということにしておこう。そう思った時、不意に看護師さんが来て、楽しい時間の終了を告げた。時計を確認すると、面会時間を大幅に過ぎている。こんな時間まで注意しに来なかったのはきっと看護師さんの優しさなんだろうと思った。

 結局様々な検査をするため、もうしばらく入院することになった私は、返事を書くためにほのかにレターセットを持ってきてもらった。流石に一気に書ききる元気のない私は、毎日少しずつ書いていく。今回の便箋は、雨上がりの空に掛かる虹の柄。今の状況は土砂降りだ。前が真っ暗で希望がなかなか見えない。けれど、この雨もいつかは上がって、上がった空には虹が見えるはず。そんな願いを込めて選んだ。

小鳥遊 咲 様

 こんにちは。夏休みは部活が大変だったみたいだね。お疲れ様!それに、夏休みにしたっていうお泊まり会もとっても楽しそうで羨ましいな。お友達と泊まるだけでも楽しいのに、軍事郵便?とか、すごいのを見つけたり、花火やスイカ割りをしたり、もうここまできたら冒険してるみたいにすごいね。その中でスイカの写真を送ってくれてありがとう。大きなスイカが綺麗に割れていてびっくり。味も美味しそうに見えたけど、どうだったのかな?美味しく食べれたなら良かったね。
 それに、特訓の成果なのか字がとても綺麗になっててびっくり。お名前だけじゃなくて、全体的に綺麗になってたよ。私は、咲ちゃんの字が大好き。のびのびしているから、元気を与えてくれるというか。悩みがあっても、悲しいことがあっても、咲ちゃんの字をみると、元気になれるよ。そして、季節に応じた花が描かれた便箋も。私は季節の変化に気づくのが得意じゃないから、もらった便箋から季節を感じているよ。いつもありがとう。
 2学期は学校行事もいっぱいだね。うちの学校は9月に体育祭があったよ。体育祭って言っても派手に競うわけじゃなくて、ダンスとリレーがメインかな。運動が苦手な私は、無難に目立たずに過ごすことに必死だったよ。あと、うちの中学は文化祭はなくて、校内合唱コンクールがあるよ。これは見にくるお客さんや生徒で投票して順位を決めるんだ。1年の中で最下位だけは免れたいなぁ。合唱コンクール自体は12月の頭だから、まだ1ヶ月はあるもんね。それまで練習頑張るね。
 私も咲ちゃんとお手紙を交換できるようになって良かった。ありがとう。

                         相田 ほのか より