Letter~手紙がつなぐもの〜

拝啓
 新緑が燃える季節となりました。

…と、そこまで書いて、手を止めた。
いや、違うな。学校からのお手紙みたいになってるじゃん。
そう思って、消しゴムで消す。

拝啓
 初めまして。こんにちは。お元気ですか?

 いや、これも何か違うなと思って、消しゴムで消す。だいたい、初めましてとこんにちはは一緒に使う言葉なんだろうか。いっこうに進まない手紙。

 今は中学校の特別活動、いわゆる特活の時間だ。
 授業が始まって、はじめに担任の猪田先生が黒板に書いたのは『手紙の書き方』だった。根が真面目な私は、ヒソヒソとおしゃべりするクラスメイトを横目に、先生の話を聞いてしまう。
「え~今日は、みんなに手紙を書いてもらおうと思っている。お前ら、手紙を書いたことあるか?学校方の手紙とかいろんなもので、流石に手紙は知ってるだろうけど、最近はLINEだとかオンラインのやり取りばかりで、友達に手紙を書く経験をした人は少ないんじゃないか?」
 そう言って、猪田先生がまずはじめに簡単に触れたのは、手紙の歴史みたいなことだった。
 手紙は自体は粘土板に書いたり、木簡に書いたりしてかなり昔からあったそうだ。それこそ、文字ができたぐらいから手紙はあったらしい。
 まずそのことに私は驚いた。文字があれば誰もがみんな手紙を書きたくなっているようだ。紙がない時代でも、粘土や木などに書きつけて、相手に送るなんて。どんな場面で人は手紙を書こうと思ったのだろうか。やはり、遠く離れた恋人のことを気遣って…なのかもしれない。
 日本では、平安時代に和紙に文字を書いて送るようになったらしい。それこそ私が想像する恋人に送るもや、家族に送るものが主流だったようだ。もちろん、それは上流階級だけの特権だったようだが。その後は明治に郵便制度が始まったことで、手紙のやり取りが盛んに行われるようになったそうだ。
 メールとかが発達していない時代は手紙をやりとりすることでしか遠くの人と連絡を取れず、すぐに返事があるわけでもなく、相手の状況がわかるわけでもなく、ただ返事をひたすら待っていたようだ。
 正直今では考えられない。今だったら、LINEに『既読』がついたのに返事がないと、なんで?って思っちゃう。スタンプ1つでもなんでも返事をするのにそんなに時間はかからなくない?とちょっとムッとしてしまう。そんなこと言うと、心が狭いんじゃないかって思われるかもしれないけど、そう感じるのは私だけじゃない。この前だって、部活のグループラインで同じようなことがあった。先輩が明日の持ち物を連絡してくれて、みんなすぐに「は〜い」とスタンプを返したり、イイねしたりしてるのに、一人だけなかなか返事がなくて。でも、既読の数はその返事が遅い子の分も早々についていたらしくて、「既読ついてんのに、すぐに返事しないやつなんなの。」と先輩たちが陰口を叩いているのを聞いてしまった。
 でも、手紙はその性質上すぐに返事なんて無理だ。読んですぐ返事を書いたとしても、郵便にかかる時間が必要だし。だいたい、「わかった」とか短文で返事をすることはないそうだ。まぁ、それもそうだよねって思う。郵便代金や日数をかけて「日曜日映画一緒に行こう?」「了解」なんて、やり取りする方がバカだ。タイパもコスパも悪い。だから、普通は長々と色々書くらしい。短い場合はハガキに書くようだが、それでも一言だけってことはないと猪田先生が説明してくれた。
 正式な手紙としては「拝啓で始まり、季節の挨拶を入れて、要件を書き、最後の挨拶を書いて、敬具で終わる。」らしい。いやいや、正直、言っている意味がわからない。季節の挨拶ってそもそも何?とにかく正式な手紙というのは、とてもめんどくさそうだなぁって思った。まぁ、友達や家族などに書く手紙はそういうのに拘らずに書けばイイらしいけど。それでも、文章を長々と書くことにイメージが湧かない。
 さらに、猪田先生が雑学のように教えてくれたことに、私はかなり驚いた。なんと、昭和とかまだ個人情報がうるさくなかった時代は、雑誌や新聞なんかに自分の住所や名前を載せて、手紙を交換する文通相手を探したりもしていたそうだ。芸能人も自分が住んでいる場所を公開して、そこにファンレターを送ってきてもらうようにしていたという。いやいや、個人情報とかの前に、めっちゃ危ないじゃん。ストーカーとかいたらどうすんのよ。ファンが家の前に押しかけるとかないの?色々晒されたらヤバいじゃん。と、思うけど、それは今の感覚だから?数十年前って、そんなにも安全だったの?いや、安全とは違うのか?なんか、もうよくわからないけど、聞けば聞くほど今とは常識が違っていて、ついていけない。
 「でだな、」
 ちょっと一呼吸置いてから、猪田が声を張り上げた。
 「お前たちにも、手紙を書いてもらおうと思う。もちろん練習じゃないぞ。相手は隣の県の大内台中学校の同じ1年生だ。今は、個人情報とか色々な問題があって相手の住所とかは教えられないから、お前ら1年3組のみんなが書いてもらった手紙は先生が大内台中学校の1年3組に持っていく。袋に入れて持って行って、大内台の1年3組の子が順番に袋から手紙を1つ取るんだ。まぁ、あれだな、抽選してる感じだな。だから、女子の手紙が絶対女子に渡るわけじゃないし、男女で文通することになるかもな。」
 え〜なんて面倒なことを…。そう思ったのは私だけでなかったらしく、周りの子達がちょっとざわざわする。私の隣に仲良しのみっちゃんを見ると、みっちゃんもえ〜っとゲンナリした顔をしていた。
 でも、中には、冷やかしなのか、本気なのかわからないけど、
 「え、じゃぁ、そこで彼女とかできたら最高じゃん?」
 と、おちゃらけた男子がくすくす笑いながら、隣の男子と話してる声も聞こえてくる。
 その言葉を耳聡く聞きつけた先生が、
「そりゃもう、新たな出会いに繋がるかもなぁ。」
なんて、わざととらしく調子に乗せながら、話を進める。
 「一度相手が決まったら、そこからは同じ人と文通をしてもらう。期間はだいたい1年間だ。最初は戸惑うかもしれないけど、まず1年間は文通をして欲しい。手紙の内容はさっき言ったように、拝啓で始めて敬具で終わってもいいが、形にとらわれず、書きたいことを書けばいいと思う。手紙の内容自体『信書の秘密』というのになって、書いた本人と受け取る予定の人以外は見てはいけない事になっている。これは、親であっても同意なしに中身を見てはいけないということだ。だから、先生であっても中身は絶対に見ないから、好きなことを書いていいぞ。先生の悪口でもまぁ許そう。だが、相手が不快に思うことや嫌がりそうなことは書いちゃダメだ。それは最低限のマナーだからな。あと、絶対に書いてほしいのは、名前だ。でも、これも個人情報があるから、フルネームで書かなくてもいいぞ。姓だけでもいいし、あだ名で大丈夫だ。返事があった時に誰に渡せばいいか、先生が困らない程度の名前であればなんでもいい。いいか?では、便箋と封筒は持ってきてるな?こちらから書く分には誰に当てるかわからないから、宛名は書かなくていい。文章も無難なものになるかもしれないが、とりあえず書いてみてくれ。この授業の終わりに集めるが、もし無理なら今週中に渡してくれればいいぞ。持っていくのは今週の金曜日の放課後だからな。じゃぁ、残り30分、自由に書くこと。どうしても書き方に困った場合は、手を挙げてくれれば、助太刀するぞ。」
 そう言われて、私は持ってきた便箋を机の上に出した。便箋は薄いブルーにわたしの好きなマーガレットの絵が描かれたもの。封筒もそれに合わせたセットのものだ。家に便箋と封筒が無かった私は、文房具屋さんにわざわざ買いに行った。
 今までレターセットをお店で選ぶなんて事はほとんどなかったけど、棚に陳列してあるものを見ると、キャラクター物から、大人な無地の物に、ワンポイントで花の絵があったり、空や海の模様まで色々あることに驚いた。その中から、私が好きな花が大人っぽくあしらわれている便箋を選んだ。やっぱり、自分の好きなものを買うと嬉しくなる。
 そして、その便箋にちょっと気取って「拝啓」なんて書き出したけど、後が続かない。季節の挨拶なんて無理だし、こんにちはも知らない人になんか違う気がする。
 みんなも、書き出しで困っていたのか、「ねぇ、何書けばいいの?」なんてヒソヒソ声で話している。
 みっちゃんも、小さな声で私に話しかけてきた。
 みっちゃんは薄い茶色のホワホワし髪をいつもハーフアップにしている女の子。赤い小さな唇と大きな目がまるでお人形みたいに可愛らしい子。みっちゃんは小学校からの仲良し3人組のうちの一人だ。
 みっちゃんは女の子らしい女の子で、可愛いものと、おしゃべりが上手。手紙の書き方とおしゃべりがどう関係するかはわからないけど、みっちゃんなら、きっとスラスラ手紙が書けるんだろうなって思ってた。でも、おしゃべり上手なみっちゃんでも、手紙を書くことは難しいらしい…。 
 「咲ちゃん、どうしよ?まず、どうやって書けばいいかわかんないよ。」
「そうだよね。私もなんかどう書けばいいかわかんない。さっきから書いては消して…ばっかり…」
「だよね。拝啓とかは必要なさそうだけど、そうゆう大人っぽい方がカッコいいかなって思って、わざわざ入れようとすると、もう全然書けなくて。」
 みっちゃんは可愛らしい笑顔でコロコロ笑う。
「私も、私も。拝啓はやっぱりいらないよね。『みっちゃんへ』みたいな感じでイイと思う?」
 私たちがコソコソ相談しあっていると、
「ん?みんな書き出しから困ってるのか?」
 情けないなぁという顔をしながら、机の間を歩いたいた猪田先生が教卓の前まで戻っていった。
「じゃぁ、ここでヒントだ。手紙の始まりをいくつか書いておくから、参考にしたらいいぞ。畏まらなくても、話すような感じで気軽に書けばいいからな。」
 そう言うと、猪田は何かプリントを見ながら黒板に書き出した。
 
 初めまして。私は猪田と言います。突然のお手紙、とてもびっくりされたことと思います。今学校では◯◯をしています。そちらの学校はどうですか?

 こんにちは。私は猪田です。私はテニス部に入っていて、毎日練習をしています。あなたは何部ですか?ぜひ聞かせてください。

 書かれた文章を見ていると、なんだか不思議な気持ちになる。すぐに返事があるわけでもないのに、「どうですか?」とか聞いたりして。
 でも、手紙が会話だとすれば、確かに相手のことも聞かないと、うまくいかないような気がした。かといって、何を聞けば失礼にならないんだろう?やっぱり無難に学校のこととか、部活のこととかかな?しかも、見たこともない人に手紙を書くなんて、どう思われるんだろう?向こうも授業だから仕方ないと思ってくれるかもしれないけど、これがいきなり手紙をもらうとかだったら、絶対引くよね。それに、書いた内容で嫌に思われることとかあるのかな?よっぽどネガティブとかじゃなきゃ大丈夫だよね…?そんなことを考えていたら、全く進まないまま、気づけばあと10分で授業が終わる時間になっていた。
 先生もはじめは短くていいって言ってたし、手紙の正解なんてわからないけれど、とりあえずなんとか書かなくては。
 この手紙を受け取るのは男の子かな?女の子かな?返事は大体2〜3週間後と先生は言っていた。2〜3週間も返事を待たないといけないなんて…ドキドキする。ワクワクというより不安だ。字が間違っているなんて言われたらどうしよう。変なこと書いてるとか。向こうからしたら笑われるようなこと書いちゃったらどうしよう。頭の中を支配するのは、楽しみなことより、不安なことばかり。こんなことばかり考えていたら、待っている間になんだか疲れてしいそうだ。昔の人はそれが当たり前だったなんて、すごいな。初めはちょっと否定的に思っていた私の手紙生活はこうして始まった。

 拝啓

 初めまして。私は小鳥遊 咲です。この漢字読めますか?「たかなし さき」って言います。小鳥が遊べるのは鷹という天敵がいないからだそうで、こう読むようになったそうです。珍しい読み方としては有名な方なので、知ってるかもしれないですね。
 今、授業で手紙を書けって言われて、何を書けばいいか分かってません。私はテニス部に入っています。何か入っている部活はありますか?また、教えてください。

                             小鳥遊 咲