真っ白なガーベラのような君へ

 月日は流れ、僕たちはあっという間に二年生になった。
 相変わらず、楓とその思い人の関係は続いているようで、時間の使い方も、勉強への熱量も変わらなかった。
変わったことと言えば、二年に上がるタイミングで楓は成績のいい人が集められる特進クラスの一員になったことだろう。
「優緋! 部活行こう」
 そう。今日も、いつも通りの彼だった。
 夏休み。楓がやるならと、部活へ行くより涼しい部屋にいられるのなら、と自ら望んで補習を受けたあと。
 今日も僕を呼びに、楓は教室の扉から顔を覗かせて軽く手を挙げる。
「うん。すぐ行く」
 カバンを肩にかけ、教室を出て楓の横に立つ。
 エアコンの効きの悪い体育館は、やはり汗が滲むほど暑かった。
「よし、やるか」
 いつにも増して真剣な眼差し。その中に滲む、緊張が混ざったような震える声。
 今日は別に、大会のメンバーの発表もない。
 何に対して、声が震えるほど緊張しているのだろう。
 部活が始まってからも、様子はおかしい。
 ドリブルは二回も続かず、いつもはスパッと入るシュートも、一度も入らない。
 でも、なぜかそれを気にしている様子はなかった。
「今日、何かあったの?」
 部活は終わり、明るい夕方の道を歩く。
 去年の夏と同じ、ファミレスまでの道のりだ。
「俺、今日告白することにしたんだ」
「告……って、例のあの子?」
「うん。俺さ、好きなんだ。小学生のころからずっと」
 まっすぐな瞳。赤みを帯びた夕日と同じ頬の色。いつにもない真剣な顔つき。
 そんな穏やかともいえる顔が。一気に引き攣った。
 いきなり走り出したかと思うと、そのまま赤信号の横断歩道に踏み込んだ。
 息が止まった。足が、地面に根を張ったように動かない。
 僕がまっすぐ楓を見ている間に、一台の車が楓を撥ねた。
 ドンッ……!
 鈍い音。横断歩道の向こう側には、楓に押されたことで転がった、青いランドセルを背負った男の子が顔面蒼白になって、道路に転がった楓を見ていた。
「か、っ、か、楓っ!」
 やっと足が動いたころには、運転手が救急車を呼び、楓は痛そうに顔を歪めていた。
 時間が止まったかと思った。それほどに、絶望的な、夢であってほしい現実が、目の前に広がっていた。
「救急です! 動かします。一、二、三っ!」
 そんな、ドラマでしか聞いたことのない掛け声が耳をすり抜けていく。気づいたころには僕も救急車に乗り込んでいた。
「優緋、優緋……」
「っ、なに、なに……?」
「スマホ、スマホ取って。早く……」
 楓の視線の先。僕は言われるがまま、楓のカバンからバリバリに割れてしまったスマホを取り出して手渡す。
 血の付いた手で、震える手で、ゆっくりと画面を操作した。
 それを握り締めたまま、今度は僕をまっすぐ見た。
「優緋、優緋は、俺以外の友達、いないだろ……? でも、でもこれからは。俺といたときよりも楽しいことを見つけて、ちゃんと……。ちゃんと、未来を生きていく意味を、見つけろよ……。お前、優しいし……」
 その言葉の続きは、耳に届かなかった。
 代わりに、耳障りな電子音が車内に響き渡る。
 目の前にいる楓は血の気が引き、ゴトン、と音を立てて、楓の手からスマホが滑り落ちた。
ピコンっと軽い通知音が、騒々しい救急車の中で小さく、聞こえた気がした。
 ____そして、その日の夜。楓は息を引き取った。