真っ白なガーベラのような君へ

 初出勤に遅刻するわけにはいかないと意気込んでいたら、始業時間の三十分前についてしまった。
 裏口から入るように言われていたから、回り込んで裏口のドアノブを回す。
「あ! 雨宮優緋くん。おはよう。今日からよろしくね」
 ゴミ袋を持ちながら僕を迎え入れる春山さん(娘)は、まるで静かな月のように笑う人だと思った。
 そんなことが頭を過るくらいなら、きっと前ほど緊張していないのだろう。
「よろしくお願いします。春山さん」
「硬くならなくていいよ。あと、うちみんな春山さんになっちゃうから、私のことは咲結って呼んで?」
 女性をファーストネ―ムで呼んだことがないと、そう言われて気が付いた。
 楓のことはすんなり呼べたのに、異性というだけでここまで抵抗があるものなのか。
「咲結さん、よろしくお願いします」
 息を止めて、その上で声を出したせいか、いつもより低い声が喉から生成された。
「あはは! めっちゃ緊張してるじゃん。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
 ケラケラ笑いながら、外にゴミを捨てに出ていった。大きなゴミ袋を二つも抱えて、ゴミステーションまで行くのだろう。
「あ、あの! 僕、一個持ちます!」
 咲結さんの後を追い、声をかける。
 一つに纏められた髪が、振り向くと同時にさらりと揺れる。
「君、気が利くね。ありがとう」
 微笑みながら、僕の手に軽そうな方を手渡した。彼女の方がよっぽど気が利くし、優しいんだろうなと、よくわかる瞬間だった。
「優緋くん、高校二年生なんだよね?」
「え、なんで知ってるの……ですか?」
 変な日本語になったのはやはり誤魔化せてはいなくて、咲結さんはくすくす笑っていた。
「履歴書、見たもん。私と同い年だね。……ねえ、東第一中学校だったんだね」
 中学の名前を出した瞬間、なんだか声のトーンが落ちたように聞こえた。
「うん、いや、はい。どうかしましたか?」
 先生ともあまり話さないし、部活にも入っていないせいか、すらすらと敬語が出てきてくれない。それがなんだか、もどかしい。
「ううん、なんでもない。忘れて?」
 ふと見た咲結さんの横顔は、関わりのない僕でもわかるような暗い瞳で、どこか遠くを見ていた。
「……咲結さん……?」
「ん? どうかした?」
 そう、僕の方を見たときにはもう、いつもカフェで見るときの笑顔に戻っていた。