真っ白なガーベラのような君へ

 学校近くの小さなカフェに入る。
 Café HARUYAMAは、同い年くらいの女の子が一人と、その両親の三人で運営している、落ち着く雰囲気が好印象な場所だ。
 家に帰ると勉強のやる気が出ないから、いつもここに寄って一時間くらい勉強して帰るのだ。店内はジャズが流れていて、音量も大きすぎないから心地いい。
「お母さん、求人の張り紙、レジに貼ればいい?」
 女の子の声が、いつもより大きく聞こえるのは、カウンターのそばの席に座っているせいだろうか。
「咲結、ちょっと待って。セロテープじゃなくて、壁に貼れるシール買ったから、これ使って」
「はぁい」
 そう、紙を一枚持って、開きっぱなしになっていたスライドドアの向かうから、いつもの女の子が出てきた。
 僕と目が合うと、ぺこりと笑顔で会釈してレジの下の屈まないと見えなさそうなところにそれを張り付けた。
 どこか満足げにそれを見下ろすと、そのまま注文を取りに誰かの席へと向かっていく。
 席を立って、何となく求人募集の張り紙に目を落とす。
 募集人数は一人。長期間働いてくれる方。学生歓迎。
「あ、ご興味あります?」
「うわっ! あ、すみません」
「いえいえ。こちらこそ、突然声をかけてしまってすみません」
 トレーにお皿やらグラスやらを乗せて、女の子が立っている。
「私のお仕事を二人三脚してくれる人を探しているんです」
「どんなこと、されてるんですか?」
 なぜか、僕の口からはそう、質問が飛び出していた。
 まるでこの求人に興味があるみたいじゃないか。
 ……もしかしたら、興味があるのか?
 今日も今日とて、授業中から登下校から、持て余している時間で楓との約束を思い浮かべて過ごしてきた。中二の夏、楓が亡くなって、早三年。未だに僕の思考や考えの中心には彼がいる。
 だからこそ、無意識のうちに興味を示しているのかもしれない。
 そう思った。刷り込みかもしれないけど、そう思ったりしてしまったのだ。
「……とか、まあ、多分社会に必要なことを学べたりすると思いますよ」
 やばい、全然聞いていなかった。
 僕があれやこれや考えている間に、きっと色々話してくれていただろうに、何一つ聞いていなかった。
「興味、あります。バイト、応募します」
 気付いたときには、そう言っていた。
「ほんとですか! ちょっと待ってくださいね」
 彼女の顔がぱぁっと明るくなる。トレーを置きに行くその足で、母親を連れて戻ってきた。
「親御さんの許可を取って、履歴書を書いて持ってきていただいてもよろしいですか?」
 大人の人が出てきて、とんとん話は進んだ。
 初めて書く履歴書は手汗で波打ち、何度も書き直した。
 証明写真の椅子の高さ調整ができなくて、空気椅子で写真を撮った。
 母親の許可をもらい、僕は面接に臨んだ。
 面接の席には、女の子と、雇い主になるであろう彼女の父親が同席した。彼女は、両親のどちらにもなんとなく似ていた。
「どうして、うちで働こうと思ってくださったのですか?」
 低すぎない声で、僕の目を見て微笑む春山さん(父)は、感じのいい人で安心した。
「新しいことにチャレンジしてみたくて」
「なるほど。ちなみに、雨宮くんは料理の経験ってあるかな」
 ノートにメモを取りながら、春山さん(父)は相変わらず微笑んで、僕に聞いた。
「一度もやったことないです」
「一度も?」
 驚いたようにこちらを見る。嘘をつく理由もなく、僕は頷いた。
「はい、一度も」
 まあ別に、落ちたとしても、きっとなんとも思わない。
「いいじゃん。それこそ新しいチャレンジだよ。ねえ、お父さん」
 春山さん(娘)は、良いように受け取ってくれたらしい。むしろ満足そうに見える。そのまま春山さん(父)の方へ視線を移すと、彼もまた、同じように頷いていた。
「うん。合格かな。雨宮くん、いつから来られそう?」
 嘘、いいんだ。なんか、よくわからない家族だ。
 こういうときって、経験者を喜んで受け入れて、未経験者は難しそうな顔で追い返すものだと思っていた。まあ、本当にそうなのかは、知らないけど。
 そんなこんなで、僕の初アルバイトはここ、Café HARUYAMAに決まった。