退魔? いいえ、お話を伺うぐらいです

 え、と思った時には、大きな揺れに見舞われていた。
 緊急地震速報も鳴ってない。
 ふて寝していたベッドから上半身を起こした俺は、とりあえず庭に出ようとする。この家屋は古いから、念のため外に出ておきたい。
 どうしてかハッピを手にして階段を駆けおりていた。
 体が熱くほてる感覚がある。
 庭に出ると、縦揺れがひどくなった。
 じわじわと男の声が聞こえてくる。誰だ? 周囲に視線を走らせるも、人影は見当たらない。頭の中で、野太いオッサンの声が聞こえる。
 次第に声が大きくなっていく。カラオケでじーちゃんがエコーきかせてるみたいにズンズンくる。
 耳をおさえても聞こえる。いったい誰だ……って、ひょっとして!
 野太いオッサンの声って弁慶のイメージにピッタリだよね。
 この大地震も。え、マジ? ちょっと、今じーちゃんいないのに。というよりも、こんなときに呑気にカラオケなんかに行きやがって! 
 いや、待て待て。
 さっき、じーちゃんの話はホラ話だって結論づけたよな。地震にビビって虚言にひっかかんなって。誰かさんみたいに空想に(ふけ)るつもりかよ。誰か……橋本希美。
 にっがーい感情がぶり返す。
『限界だ! もう我慢ならぬぅううう!』
 そう、俺のハートも限界。というか、俺の脳内にホットラインを引いて怒鳴るアナタハ誰デスカ?
『誰だぁああ、それがしに呼びかける者は誰だああぁ』
 へ!? 
 コミュニケーションが成立した!? ちょっと待って、オッサン。俺の問いかけに返事した?
『オッサンだとぉ!』
 マジかーっ! しっかり会話できてるよ。
『この弁慶をオッサン呼ばわり……』
 言葉を途中で切るな。パワー溜めているみたいでこわいって。それどころじゃない! このオッサン、自分を弁慶って名のった。弁慶? ホンマに弁慶なの?
『やかぁあああしいっ――――!』
 弁慶、短気すぎ。つうか、本気でこれって、現実? 誰か教えてほしい。マジなんですか?
 ――これは宿命なのだ。北畠一族に受け継がれし『怨霊傾聴師』としての。
 じーちゃん、ホントだったのね。
 ということは、今、俺が弁慶を召喚するしかないのでしょうか?
 心の準備ができてない。今日やるなんて思ってなかった。
 ――くれぐれも一人で弁慶の霊を召喚するなよ。
 分かってる。分かってるけど、しょうがない。今は俺しか召喚できないんだろ。じーちゃんにはもう能力ないんでしょ。交渉士かもしれない橋本希美がいないのもしょうがないんだろ。だったら、だったら――
「俺がやるしかないだろっ!」
 やけくそな気分でハッピを着る。
 拾った枝で、揺れる地面に魔法陣を描く。さんざん練習したから、かなり綺麗に描けた。
 描き終えた俺は手を天にかざした後、印を切る。召喚の言葉を口にする。
 ここまできたら、じーちゃんに教えてもらったことを全部やるしかない。
 すると――
 頭の中に鳴り響いていたオッサンの声が消えるように間遠になり、俺がいたはずの庭が宇宙空間みたいになった。闇夜にチカチカ星が瞬いている感じ。
 というか、やっぱり本当だったんだ。
 今さらだけど後悔し始める。心臓がバクバク暴れている。

 ミシリ ミシリ

 濃い闇の奥からフローリングが踏みしめられる音が聞こえた。庭なんだから土を踏みましょう。
 なんだか勘弁(かんべん)してほしい。逃げてもいい? ミシリ、ミシリはヤバいって。
 今からダッシュしてここから抜けだして。俺は最後まで自問することなくその場でターンをして、駆けるために足を浮かせた――そのときだった。
 強いスポットライトが当たったみたいに、目の先に光の筒が映し出される。甚平おじさんが現れたときと同じだ。
マンガで見るような袈裟頭巾をかぶった大男が、浮かび上がるように降臨した。
「おまえか、それがしを呼んだのは」
 俺を(にら)むその目ヂカラが強烈すぎる。
 白い頭巾(ずきん)についてる赤って、ひょっとして血痕(けっこん)ですか? 絵具(えのぐ)じゃないよね?
 ドッキリでしたーパフパフとかなってさ。衣装もドンキ〇ーテで買ってきたんですーってオチがつくとかって、ないよね。やっぱないですか?
 のしのしと弁慶がこっちに歩いてきた。その大股の歩き方もできれば勘弁願いたい。
「おまえか、と聞いているのが分からぬのか」
 弁慶の目が完全に俺を見すえていた。
 その手にあるのは薙刀でしょうか?
 おもちゃには見えない立派な刃。ドンキ〇ーテで売ってます? 売ってるわけ……ないよね。
「答えろ、あとそれがしをオッサン呼ばわりしたのも、おまえか」
 そこ、根に持つ?
 弁慶が俺の方へと手を伸ばした。
 こんな雰囲気の人に日常生活で会ったことない。ドンキ〇ーテでも、近所でも、公園でも、学校でも、電車でも、会ったことない。
 
 目の前の弁慶って、本物――