退魔? いいえ、お話を伺うぐらいです

 学校の正門前で美晴と待ち合わせをしていた。
 最近わけが分からないことがたくさんあって、心の中が曇りがちだ。だから、美晴とあーだこーだしゃべってスッキリしたい。
 わたしは美晴を待ちながらスマホを操作する。
 土曜午後の予備校を終えてからの待ち合わせだから、日は傾きだしていた。でも、できれば長い時間、美晴とおしゃべりしたい。
 美晴はいつもと同じように二十分ぐらい遅れるだろう。
 それぐらいの時間を見込んでわたしも待ち合わせ時間より遅く来るのだが、結局は彼女の方がさらに遅い。

『怨霊傾聴師』

 思わずネット検索窓に入力していた。
 やっぱり気になる。いくらネットサーチしてもヒットしないのに。結局、同じことを繰り返す。授業も全然集中できなかった。
 本当なの? 北畠翔太がわたしに尋ねたこと。おばあちゃんの手紙。怨霊を消す呪文を使うと――。
 ふむう。
 そんなわけないか。落ち着いて考えれば、そんなことあるわけない。
 おばあちゃんが十年越しのファンタジック『どっきり』を仕込んでいたなんて。わたし一本とられました、ハイ。もう、忘れよう。
「何を見てんの?」
「ひぎゃっ!」
 美晴が来たことに気づかなかった。足音を消してた? というよりも、美晴の足音を聞いたことがないかも。
「怨霊傾聴師!?」
 目ざとくスマホ画面の文字を拾った美晴が語気を荒げる。
「知ってるの?」
 ネットにさえ出ていないことを美晴が知っているのが意外だった。彼女は決して博識ではない。そもそも勉強ができる子ではないし。オカルト系に興味を示したことも、わたしが知る限りはなかった。
 あらためて美晴に質問しようと彼女の顔を覗きこむや、背筋がぞわっとした。
 下から、目だけで見上げるような姿勢で、美晴がわたしにじっとりした視線を向けていた。
「まあね。てゆーか、どうして希美は『怨霊傾聴師』なんて調べてるの?」
 声質が途中で変わり、老婆みたいにしゃがれている。
 腕に、ぞぞぞと鳥肌が立つ。何だろう、この感じ。ぶびーぶびーと、脳内で警報が鳴り始める。
 それは直感だった。
『怨霊傾聴師』の話題には触れないでおこう。
 その言葉を避けて、北畠翔太が源平時代や弁慶の本を読んでいたことを伝えてみた。
「弁慶……」
 美晴の反応には負の情感が溢れていた。別れた元カレを「あいつ嫌い」と漏らす以上の憎しみが込められている。
 ぶびーぶびーぶびー。
 吸い込む息が苦くてたまらない。
「美晴、そんなに歴史好きだっけ?」
 空気を変えたい一心で、あくまでも軽い口調で訊いた直後、
 ギロリと美晴が目を剥いた。
「ちょっと、あんた何を持ってきてるの!!」
 わたしから遠ざかりながら美晴がバックパックに指を突きつけた。
 ふへ!?
 どうして分かったんだろう。参考書の他に、今日はおばあちゃんが遺したハッピをバックパックの中に入れておいた。たぶん無意識のうちに。
 だけど意識が働いていたような感じもする。そうしろと血が教えてくれたみたいに。
 それでも何故、美晴がそのことに気づくのか。古いハッピで布地が匂ってる?
「ねえ、美晴……」
 様子が変だよと言おうとした言葉を飲み込んだ。
 声さえ出せずに、わたしは後退(あとずさ)る。
 声どころか、美晴の顔つきが段々と変化していく。すっきりとした目もとに深い皺が刻まれ、皺のひだには垢のような黒いものが見える。
 そんなことってある? わたしは思わず目を逸らす。と――、
 黄昏どきの夕陽は、あらゆるものに影を投じているのに、美晴には、影が無い。
 前触れなく美晴が駆けだした。やっぱり足音がしない。
 遠ざかる彼女の背中がオレンジ色の光の中に溶け入った。
 辺りを見やる。彼女が走ったケヤキの並木通りは一本道だ。姿を消せる横道は無い。
 変なの。
 
 その時だった。

 ぐらりと来た。
 緊急地震速報鳴ってないよ。って、立っていられないぐらいの縦揺れ!