退魔? いいえ、お話を伺うぐらいです

 母方のおばあちゃんも、普段から、わたしみたいに空想をたくましくしていたらしい。
 らしい、というのは、おばあちゃんはわたしが小学校にあがる前に亡くなっているからだ。
 お母さんが言うには、おばあちゃんはよく暗い部屋で正座をし、じっとしていたようだ。
 ――眠っているのかな? と思い近づくと、おばあちゃんは目を開いたままだったとのこと。
 ただ、その目がネコのような細い黒目になっていた。
 ――何をしていたの? 
 尋ねると、
 ――昔の人と話していたんだよ。
 と返答があった。ときにはもっと物騒に、
 ――昔の人とケンカをしていた。
 そんなふうに答えることもあったという。
 どこかわたしに似ている気がする。さすがに空想中にケンカをすることはないけれど、頭の中に現れる歴史上の人物とはしゃべることができるんじゃないかと思えるフシもある。
 その後、おばあちゃんは六十五歳の誕生日を目前にして死んじゃった。
 いつものように畳の部屋で空想中にそのまま亡くなった。
 お母さんに空想癖はないが、おばあちゃんのそのまたおばあちゃんには同様のものがあったようだ。一世代飛び越えての隔世遺伝。
 おばあちゃんはこうも言っていたらしい。
 ――希美が十八歳の誕生日を迎えたら、この箱を開けさせるように。
 それはもう何度も、何度も。産まれてすぐにわたしの顔を見てから。まるで自身がその時分まで生きられないのを悟っていたかのようだったとも。
 おばあちゃんの畳の部屋は、まだお母さんの実家に残っている。おじいちゃんも死んじゃってるから、普段は誰も住んでいない。古い戸建て住宅だ。ときどき、家の空気の入れ替えをしに訪れる程度。
 おばあちゃんが示した箱は、その家にある。
 それって、いったい何が入ってるの?
 とっても、とーっても、早く見たい。フライングして箱を開けたいくらい。
 でも、ここまで待ったんだから、せめてもう一日は我慢しよう。
 にひひと頬を緩ませる。
 なにせわたしは明日、十八歳の誕生日を迎えるのだから。

 
 そうして誕生日の日、わたしは昼休みに図書室に来た。
 大概にして昼は図書室が空いている。もくろみどおり、図書室内にはわたし以外は誰もいない。
 弁慶ブームはとどまるところを知らず、膨張するかのように広がっている。
 昨日は、テレビ放映されていた弁慶の立ち往生シーンが突然真っ暗になって、びっくりした。ネットでも、今朝教室に来ても、話題はそのことばかりだった。
 そういや、朝また地震があったな。岩手県が結構揺れたらしい。最近、岩手県ってよく揺れるよね。中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)の辺りで木が倒れたとニュースが盛んに報じていた。
 何だろう。血が騒ぐ……。
 昔から霊感みたいなものはあるけれど、今回は特に何かを感じる。気のせいだろうか。いてもたってもいられない気持ちにかられる。これが勉強に対してだったらいいのに。この前の数学の模試結果、お母さんにめちゃくちゃ怒られた。むう。
 わたしは源平時代の関連書籍をどさどさ机に並べる。
 日本史の成績はかなり良かったのになあ。
 誰もいない図書室で独り静かに本の世界に没頭し始める。
 自然と、廊下の方から聞こえていた物音が消えるように間遠になり、黒目がすぼめられていく感覚が……――


≪希美 脳内空想中≫
 義経・弁慶ら一行は、奥州(おうしゅう)を治めていた藤原秀衡(ふじわらひでひら)のもとにたどり着き、ひとときの安らぎを得た。
 藤原秀衡が、「義経を差し出せ」という源頼朝の脅迫をはねつけてくれていたのだ。
 しかし藤原秀衡が亡くなると、状況が一変する。
 秀衡の子・泰衡(やすひら)が頼朝にビビって、義経が住む衣川(ころもがわ)の館を急襲した。
「何事だ!」と義経。
「どうやら泰衡が攻めてきたようです」と弁慶がかしこまる。既に薙刀を脇に置いている。館の前には、敵兵が押し寄せているようだ。
「殿」
 弁慶が目を潤ませて義経を見た。
 義経もゆっくりと首を縦に振り、
「おまえと出会えて幸せだった」と涙ながらに言った。
 館を出た弁慶は敵兵から一斉に矢を浴びた。
「それがしを倒せると思うなあああっ!」
 弁慶が大薙刀を一閃させる。バサバサっと矢が地面に落ちた。
 だが、遅れて放たれた一本の矢が、弁慶の肩に刺さった。
 弁慶は顔をゆがめるも、すぐに目つきを鋭くさせる。
「おぬしらの矢が何本当たろうが、それがしは倒れん!」
 弁慶が群がる敵に向けてかっと目を見開いた。声は大地を揺らさんばかりだ。
「射よ!」
 敵将が声を裏がえす。矢が弁慶に降り注ぐ。弁慶が大薙刀で払う。しかし、何本かが弁慶の身体を貫いた。
 しかし、もう、弁慶が顔をゆがめることはなかった。
 大薙刀の柄を地面につき、義経がこもる衣川の館を身をもって守るように、弁慶は仁王立ちした。館は炎に包まれている。
「射よぉ!」
 叫ぶ敵将の声は甲高く、弁慶に恐れをなしていることが分かるほどだ。
 矢を射る敵兵も腕と足が震え、まともに弓を引けた者は少ない。それでも何本かの矢は弁慶を貫いた。
 が――、弁慶は倒れなかった。
 立ったまま敵兵を射すくめるように、前方を睨んでいる。
「射よぉおっ」
 もう、その声は涙声だった。
 射る兵も弁慶が怖くてへっぴり腰だ。
 ひゅんひゅんと矢が飛ぶ。ほとんどは弁慶から外れ、あらぬ方向へ、または、弁慶に届かずに地面に突き刺さる。
 館を燃やす炎がパチパチとはぜ、弁慶の影を揺らめかすほどに巨大なものにした。
 ひいいい、何人かの敵兵が逃げだす。逃げるな、射よ! わめき、絶叫する声がとびかう。矢が放たれる――。
 いつしか弁慶の身体を、おびただしい数の矢が貫いていた。それでも弁慶は倒れない。
 目を剥き、敵を見すえ、義経に敵兵を近づけずに、立ったまま――死んでいた。
 後世の人は、これを弁慶の立ち往生と呼ぶ。
『――』
 ……声が、聞こえた気がした。


「おまえ、何してんの?」
 びくうっ、と肩がはねる。身体が硬直し、同時に空想が強制終了する。
 すぼまっていた瞳が現実世界を映しだした。ぼやけていた映像が鮮明になる。
 さっきまで閉まっていた図書室のドアが開かれ、そこに北畠翔太がいた。
 最悪な誕生日になりそうだ。