退魔? いいえ、お話を伺うぐらいです

「とりあえず源義経や武蔵坊弁慶に関する本は色々と読んだぞ、じーちゃん」
 じーちゃんは言葉を返さずに、俺に背を向けたままじっと新聞に目を落としている。重大なことを言うために、背を丸めているように見えた。
 じーちゃんが振り返ってくれるまでしばらく待つか、そう思った矢先、
 カクッ
 じーちゃんの禿頭が揺れ落ちた。
 へ?
「……じーちゃん?」
 ヤバい、じーちゃんとうとう……俺はじーちゃんに駆け寄る。
「ふわぁ」
 じーちゃんが腕を伸ばして情けない声――あくびをした。
 ピキッと青筋がこめかみに浮かぶ感覚があるのと、こっちを見たじーちゃんが驚くのとが同じタイミングだった。
「なんだ、翔太じゃないか。びっくりした」
 じーちゃんの口もとにはよだれのあとがついている。
「じーちゃん、俺が言ったことちゃんと聞いてたか?」
「んん? 最近耳が遠くなったからな」
 じーちゃんがあぐらをかくそばで、スマホがぶるっと一度だけ震えた。
「ほ、LINE着信」
「そんなに小さなバイブ音が聞き取れんだから、耳ぜんぜん大丈夫だろ!」
 次はじーちゃんがボケたふりでもするんじゃないかと、俺は身がまえる。
「ふむ」
 じーちゃんが黙る。雨粒が庭の植木鉢を叩く音が聞こえてきた。
「雨足が強まったな」
 やっぱ耳いいよね!
 イラっとして、ぎゅっと拳を握る。でも、こんな飄々としたところも、じーちゃんのいいところかもしれない。深呼吸をしてから手の力を抜き、じーちゃんに訊いた。
「じーちゃん、俺一人で怨霊を呼び出してもいい?」
「ダメ」
 じーちゃんが即答する。
「結界を揺るがすほどの大怨霊だ。怨霊カウンセラーになりたてのおまえだけで対応できるわけない。きちんともう一人を探してから、コトに当たれ」
 そんなこと言われてもな。見つからないんだ、そのかたわれが。
 いっそのことSNSで呼びかけるか? 怨霊傾聴師求むって。
「さあ、今日も特訓するぞ。結界が完全に破られるまでおそらく時間はあまりない。急ピッチでやる。早く装備を着てこい」
「装備って、これだろ」
 小学校時代に使っていたナップザックから、例の風呂敷包みを取り出す。このナップザックを背負って当時は外遊びしてたな。物持ちいいよな、俺。
 とは言え、ナップザックは、小学生あるあるで、かなり泥まみれだ。
「な! おまえ、そんなとこに入れて」
「これしかなかったんだよ」
 風呂敷包みをほどいた俺は、中からヨレヨレのハッピを手にする。背中に『祓』ってプリントされてるのが、今の感覚からするといけてない。
「たわけもの! 先祖から受け継ぎしハッピを……」
 じーちゃんはまだブツブツ言いながらも縁側から庭に出て、くねくねと曲線が目立つ魔法陣を地面に描き始める。
 そもそも描くために使ってるのが、木の枝だ。もっとそれっぽいのを使ってほしい。宝石が付いた杖とかさ。
 風呂敷の中に入ってるのがこのハッピだけというのも、なんか胡散臭い。
 じーちゃんの人生大一番のドッキリに、俺、やっぱり巻き込まれてるのでは? 毎回そう思ってしまうのだ。
「翔太、早くこっちへ来い」
「この雨の中、やるの?」
「時間がないのじゃ」
 へいへい、生返事をしてサンダルで庭に降りる。あっという間に前髪から雨滴がしたたりだした。
「その草履を履けっ」
 めんどーい!


 じーちゃんの説明によると、召喚士のキモは曲線とカクカクっとした鋭角線が交わる魔法陣を正確に描くことみたいだ。
 魔法陣で印が結ばれた空間内では、召喚した怨霊を弱体化させることができる。
 経験を積んだ、もしくは潜在能力が高い召喚士ほど、その効果が絶大で、怨霊はうかつに召喚士や交渉士に手出しできなくなる。
 それでも、大怨霊相手にどこまで効くかは、じーちゃんもよく分からないらしい。だってわし優秀じゃなかったし、とまたスネられてしまったのだ。
 もしこの魔法陣に欠陥があると、空間が安全に保てない。
 怨霊から攻撃を受けるし、最悪な場合は、召喚した怨霊が、召喚士や交渉士の体の中に降りてしまうことがあるみたいだ。もしくは黄泉に連れていかれる。
「青い顔しとるな」
 じーちゃん、察しよすぎです。
「ビビっとるんか?」
「な! んなことねぇよ!」
「ほれ、だったら今日も練習しろ。まだまだ翔太が描く魔法陣はゆがんでおる。それでは召喚した怨霊の暴走を許してしまうし、そもそも今回の原因となっている怨霊を呼べんぞ」
 へいへい、と俺は地面を枝で削る。とはいえ、雨ですぐに土がどろどろになっていく。
 最近はずっと地面にお絵描きだ。
 地味。そして、つまらない。自慢じゃないが、美術の成績は最低ライン。芸術性の欠片もない。こんな俺が魔法陣を描く役を受け継いじゃっていいのだろうか。