あなたは、この人と恋をしたことがありますか


「多分、怪異みたいなのには、ある程度の法則性があるんだと思う」
 ブラインドの隙間から差し込む夕陽の中で、紗奈はパフェ用の長いスプーンで生クリームを掬い上げた。週末の夕方というのどかな空気の中にあって、クリームはスプーンの上でどろりと少し溶ける。ダブルクリームストロベリーパフェ。私が待ち合わせに選んだファミレスの期間限定メニューだ。栃木県産のとちあいかを使っているんだという。ハロウィン限定のメニューにそのストロベリーソースが使われたら、血に見立てられるんだろうと、特に意味のないことを考える。ハロウィンはまだ四か月ほど先だ。その片鱗さえ、街中ではまだ見つけられない。
 怪異。紗奈が放った言葉に、私は頭を傾げる。
「あれって、怪異なの?」
「ゲームがクラッシュするとか、BGMが急に止まるとかその程度だったらアプリの不具合で済ませられるだろうけど……。さすがに、夜中に通知が来るだの、女性の泣き声が聞こえるだの、そんなのが起きてたら例えゲーム内であったとしたって怪異って言われてもおかしくないよ」
 怪異とは、実際にはあり得ない不思議な現象のことだ。一方で不具合というのは、物事の調子や状態が悪いことを指す。
 調べてきた情報を見て、確かにこれは怪異かもしれないと思い、「なるほど」と頷いた。
 
 紗奈から奇妙なスマホゲームがあるという話を聞いて、ひと月ほどが経った。ゲーム――『夢の中で運命の婚約者と出逢って、』――がすでにサービス終了していることや、公式ホームページが閉鎖されているということで情報を集めるのには手間取ってしまったが、インターネットの中には様々な情報が転がっている。真偽のほどがはっきりしないものも多くあったが、それらを除いても、それなりの量がある。印刷してきた紙が、ファミレスの四人掛けのテーブル席を埋め尽くしてしまっているのがその証だ。
 だが集めたは良いけれども、それだけになってしまった。ここ一週間くらい、資料を眺めるばかりになってしまって、先に進めていない。それがどうにも居心地悪くなって、紗奈を呼び出した。私たち三人の中で、頭がよく回るのは紗奈だ。ミステリ小説でも映画でも、彼女は難なく犯人当てゲームで正解する。一方の私は、だいたい解説を最後まで聞かないとわからないタイプだ。紗奈もそれを思い出したんだろう。調査に行き詰まっていると打ち明けると、すぐに一緒に考えようと言ってくれた。
 少しの申し訳なさが滲んで紗奈の好きなイタリアンでも予約しようと思ったが、当の彼女に待ったをかけられた。「予約が必要な店で、話せる内容じゃないでしょ」と言われ、それもそうかと学生時代には選べなかった高級なファミレスを選んだ。価格帯が高めなファミレスは、滞在時間が限られていなかったり、スペースが広いことが多い。今回のようにあまり人に聞かれない方が良い話には、ちょうど良かった。
 
「それで、法則性って?」
「まず、あたしたちが確認できている、怪異の最終的な地点は『失踪』」
 と言いながら、紗奈は掲示板の内容をコピーした紙をテーブルの端によける。その上部には、私がフリクションペンで書き込んだ「大型掲示板の「【凡人だけど】神絵師について語ろう【神絵師になりたい】」より一部抜粋」という文字が見える。ああ、あれか、と内心で呟く。ネット上の友人が失踪してしまったから、一緒に探してほしいという内容だったはずだ。そしてついでと言わんばかりに、Twitterの書き込みが羅列している紙もテーブルの端っこに置かれた。ゲームを熱心にやらない方が良いという警告文の呟きを印刷した紙だ。
 そのほかにも数枚、知人がいなくなってしまったという報告が書かれた紙がある。とはいってもそれぞれが、ゆめであのオカルト的要素に便乗したような創作話だ。それらはデマかもしれないという意味を込めて、紙の上部に青いバツ印をつけている。紗奈はそんなバツ印がついた紙も一緒にテーブルの端にどかした。
「それから、ゲーム上の不具合。これはきっと、怪異と不具合が入り混じっているんだと思うけどね」
「閉鎖された公式ホームページに載ってた、ゆめであの不具合ってこと?」
「うん、そうそう」
 紗奈に倣って、掲示板とTwitterの内容を印刷したコピー用紙の上に、ゲームの不具合を書き起こした紙を重ねる。手に取ったついでに今一度、内容にざっと目を通してみる。あらためて読んでみると、確かに通常見られるアプリの不具合以外に、明らかにおかしいものが混ざっている。さらには放っておかれている不具合も。手をつけなかったのか、あるいは手をつけられなかったのか。どっちなんだろう、という疑問が頭の中に浮かんだ。
「問題は残った情報。私はここに法則性があるんじゃないかなって思ってる」
 トントントン、とテーブルが叩かれる。紗奈の指が指し示しているのは、四つの資料だ。
 
 中学生の娘を持つ保護者からの相談とそれに対する教育評論家からの答え。
 妻がずっと同じ絵を描いていることを心配する夫の相談が載った掲示板。
 当該のゲームのキャラデザを手がけたイラストレーターの個展に際するインタビュー記事。
 スマホの通知に不具合があるから解決したという、サポート事例。

「あたしが見つけた保護者からの相談とスマホのサポート事例。このふたつって、たぶん、誰かから『呼ばれてる』んだよね」
「え、」
 そう言われて、資料の中身をもう一度見る。スマホのサポートサービスの方は分かりやすい。そもそも不具合で通知がやたらに入ってくるようになってしまったと言っているし、相談者は「こちらに来なさい」という音声も聞いている。一方で、保護者からの相談についても、再読すれば、その家庭の情景が浮かんだ。この相談者の娘さんは、スマホを持って、家から外に行こうとしているのだ。相談者である母親は、SNSで知らない人と連絡を取り合うようになって、その人から呼ばれているのかもしれないと考えたことがあったようだが、それよりも厄介な存在に見つかったのかもしれない。
 そして娘さんはスマホを通じて、何かを言われたのかもしれない。それこそ、「こちらに来なさい」など。
「それからあなたが見つけてくれた方」
「掲示板と、イラストレーターさんの初個展のときのインタビューか。こっちは調べてるときによく読んだからわかるよ。――何かを世間に広めようとしてる、だよね」
「うん、あたしもそうだと思う」
 Twitterに異常な数のイラストを掲載していた同人作家。自身の個展で、ゲームのキャラクターの新規イラストを展示したイラストレーター。さらにその個展では、ゆめであのアプリをインストールしている来場者にはプレゼントまで用意していた。しかもゲームの運営元から提案されたわけではなく、イラストレーター本人からの提案だという。権利は運営元の会社――エアザッツにあるのに、だ。
 どちらも、すごくおかしいというわけではない。ひどく珍しいというわけでもないだろう。だが明らかに、ゲームかあるいはキャラクターを広めようという意図がある。それな自主的な意思なら良いし、健全なことだろう。でもその中に、違和感が巣食っているような気がしてならない。どこか不自然なのだ。
 それに、『何者かに呼ばれている』という状態がある以上、『広める』という行為も何者かから強制されている可能性は否定できない。
 とするならば、きっとこれは氷山の一角に過ぎないのだろう。二次創作をしている人たちの中には、イラスト以外にも作品をつくっている人がたくさんいる。小説にぬいぐるみなどの手芸作品、キャラクターの概念アクセサリーもある。動画サイトを除けば、MAD動画やMMDもあるだろう。二次創作のようなファン活動はファン同士で楽しむ以外に、既存以外のファンを取り込むことだってできる。それくらい、力がある。そう、広める力が。
 まして、今回はそれに作品本家のイラストレーターまで絡んでいる。広める力は絶大だっただろう、というのは想像できた。とはいっても、今となってはその威力を確認することはできないが。わかるのはMaiMaiというイラストレーターが、SNSで三万人近いフォロワーを持っているということだけだ。
「それにしても、なんで呼ばれる人と広める人といるんだろう」
「そこに法則性があるんだと思うんだ」
 いつの間にか空になっていたパフェの器に、スプーンが当たる。カーンという音が鳴った。その甲高い音が、店内に流れていたクラシック音楽をつんざいた。
 その残響が消えないうちに、おもむろに紗奈が口を開いた。

「結婚しているか、していないか。それが線引きなんだと思う」