可能性は売ってない

翌日のクラブで、俺は三枝コーチに怒られた。

正確には、怒鳴られたわけではない。
三枝コーチは怒鳴らない。
その代わり、いつもの軽口が消えた。

それが一番怖い。

「青山くん」

「はい」

「記者さんにメールしたって、小林さんから聞いた」

俺は受付机の前で固まった。
赤羽は少し離れたところでマスクを並べていた。
白石先輩は壁際で防具のベルトを確認している。

クラブの空気が、一瞬だけこちらへ寄った気がした。

「すみません」

俺はすぐに頭を下げた。

「先に言うべきでした」

三枝コーチは息を吐いた。

「動いてくれたことはありがたい。本当に助かる。でも、外部の取材は、勝手に進めちゃだめ」

「はい」

「小学生の顔が写るかもしれない。保護者の許可が必要になる。商店街の会場使用もある。クラブの経営の話に触れられる可能性もある。責任者の名前も必要になる」

「はい」

「君が悪意でやったとは思ってない。むしろ、クラブのために動いてくれたのはわかる」

その言葉で、逆に胸が痛くなった。
悪意がないから許されるわけじゃない。

剣を持つときもそうだ。
悪気がなくても、振り回せば誰かに当たる。

「すみません」

もう一度言った。

三枝コーチは少しだけ表情を緩めた。

「次からは、一緒にやろう」

「……はい」

「メール、見せてくれる?」

「はい」

俺はスマホを出して、送った文面を見せた。

三枝コーチは読んだ。

読みながら、少しだけ眉が動いた。

「いい文だね」

「怒る流れで褒めないでください。処理が追いつかないです」

三枝コーチは笑った。

やっと少し、いつもの顔になった。

「青山くんの言葉だ」

またそれか。

俺はスマホを握りしめた。

三枝コーチは画面を見たまま言った。

「ただ、責任者の連絡先を追記して、私からも返信します。山浦さんには、取材可能な範囲を整理して伝える。あと、保護者向けの確認も必要」

「手伝います」

自分でも驚くくらい、すぐに言った。

三枝コーチは俺を見た。

「うん。お願い」

それから、少しだけ頭を下げた。

「ありがとう、青山くん」

ありがとう。

怒られたあとに言われる「ありがとう」は、変な威力がある。
胸の奥が、また熱くなった。

俺はうまく返事ができなくて、ただ「はい」と言った。

そのとき、視線を感じた。

赤羽だった。

棚の前で、マスクを片手に持ったまま俺を見ていた。

俺と目が合う。

赤羽は何か言いかけた。
口が少し動いた。
でも、何も言わなかった。

代わりに、マスクを棚に戻して、別の防具を取りに行った。

俺も何も言えなかった。

謝るタイミングは、また逃げた。

いや、違う。

俺が逃がした。

白石先輩が近くに来た。

「怒られた?」

「怒られました」

「よかった」

「よくないです」

「勝手に動けるようになった証拠」

「それ、褒めてます?」

「半分」

「もう半分は?」

「次から確認」

「はい」

白石先輩は俺のスマホを指した。

「SNS文、短くした。送る」

「ありがとうございます」

「見出しはそのまま」

「そこは削ってもよかったんですが」

「残す」

「なぜ」

「青山の気持ちだから」

意味はわからなかった。

でも、なんとなく、消せなかった。