可能性は売ってない

次に美容室へ行った。

ここで俺は失敗した。

「フェンシング体験会です」

「フェンシング?」

美容師さんは鏡越しに俺を見た。

「オリンピックの?」

「たぶん、そうです」

「たぶん?」

「いや、そうです」

「剣で突くやつ?」

「はい。突くけど、痛くないというか、防具をつけて、先端も安全で」

「突くけど痛くないって、説明として怖いね」

前にも似たようなことを言われた気がする。

俺は焦った。

「でも、胴体が有効面で」

「胴体?」

「フルーレは、えっと、攻撃権があって」

「攻撃権?」

説明が迷子になった。

ルール説明は、道案内に似ている。

自分が道を知らないと、相手をさらに迷わせる。

俺はチラシを持ったまま、変な汗をかいた。

「すみません。説明、下手で」

「いやいや、面白そうだけどね。ちょっと今、お客さんいるから、店長に聞いとくよ」

美容師さんはそう言って、チラシを受け取ってくれた。

置いてもらえるかはわからない。

失敗でも、完全な失敗ではない。

でも、俺の説明能力はかなり刺された。

フェンシングより痛い。