可能性は売ってない

俺はチラシの束を持って、商店街へ出た。

夕方の空気は湿っていた。
西武線の音が遠くで流れて、商店街の店先に明かりが点き始める。

最初に入ったのは八百屋だった。
前にもチラシを置いてもらった店だ。

おばさんは玉ねぎの箱を並べていた。

「こんにちは」

「あら、フェンシングの子」

「体験会のチラシ、新しいの持ってきました」

おばさんは手を拭いて、チラシを受け取った。

「可能性は売ってない。いいわねえ」

「……ありがとうございます」

読まれるとやっぱり恥ずかしい。

俺の文章が商店街の空気にさらされるたびに、心の表面が薄く削られる。

「貼る場所、ありますか」

「うーん、値上げのお知らせも貼らなきゃいけないしねえ」

おばさんは掲示板を見た。

そこには野菜の入荷案内、配達休止のお知らせ、商店街の会合の紙が貼られている。

スペースは少ない。

「あの、無理なら大丈夫です」

言ってしまった。

いつもの俺なら、ここで引く。

相手に迷惑をかけるくらいなら、なかったことにする。

でも、おばさんは俺を見た。

「無理とは言ってないよ。小さいのなら貼れる」

「じゃあ、小さいサイズもあります」

俺はクリアファイルから白石先輩が調整してくれた縮小版を出した。

おばさんは笑った。

「用意いいね」

「先輩が」

「でも持ってきたのは君でしょ」

その言葉に、少しだけ返事が遅れた。

「……はい」

おばさんはレジ横の小さなスペースにチラシを貼ってくれた。

一軒目。

成功、というには小さい。

でも、チラシは一枚、商店街に増えた。