可能性は売ってない

三枝コーチがホワイトボードに書いた。

『体験会まで残り五日』

五日。

俺は白石先輩のところへ行った。

白石先輩はマスクの網目を布で拭いていた。相変わらず眠そうな目だ。たぶん、この人は世界が終わる日でも眠そうな顔をしている。

「白石先輩」

「うん」

「何をすればいいですか」

言ってから、自分で驚いた。

何をすればいいですか。

俺が人にそんなことを聞く日が来るとは。

中学のときの俺なら、絶対に聞かない。

聞いたら、何かをしなきゃいけなくなるから。

白石先輩は手を止めた。

俺を見る。

眠そうな目で、でもちゃんと見る。

「何をしたいか、じゃない?」

答えになっていなかった。

この人はいつもそうだ。

ほしい答えの真ん中を避けて、考えろという場所に剣先を置いてくる。

「……何をしたいか」

「うん」

「クラブを残したいです」

言った。

言ってから、胸の奥が少しだけ熱くなった。

俺はこの場所を守りたい。

古いビルの一階。
ガラス戸の音。
白いレーン。
金属音。
油の匂いがする帰り道。
赤羽がうるさくて、白石先輩が眠そうで、三枝コーチが軽口を叩く場所。

俺はまだ、全部を上手く言葉にできない。

でも、なくなったら困る。

それだけは、もう誤魔化せなかった。

白石先輩はうなずいた。

「じゃあ、それに近づくことをすれば」

「具体性がゼロです」

白石先輩はマスクを棚に戻した。

「青山は、考えてから動くほうが合ってる。でも、考えてるだけだと止まる」

「耳が痛いです」

「足も痛い?」

「常に」

「じゃあ、同じ」

「同じですかね」

白石先輩はスマホを取り出した。

「チラシのデータ、送って」

「え?」

「文字、少し詰まってる。SNS用の文も長い。短くする」

「先輩、手伝ってくれるんですか」

「さりげなく」

「自分で言うと、さりげなさ消えます」

「じゃあ、消えた」

白石先輩は平然と言った。

俺は少し笑ってしまった。

久しぶりに、喉の奥が少し軽くなった気がした。