可能性は売ってない

放課後、校門の前に赤羽はいた。

一人だった。

いつもなら俺を見つけた瞬間、「朔!」と響く声で呼ぶ。

今日は、呼ばなかった。

赤羽は俺を見て、少しだけ手を上げた。

俺も、少しだけ顎を引いた。

高校一年生男子二人の挨拶としては、極限まで省エネだった。地球には優しい。人間関係にはたぶん優しくない。

「行くか」

赤羽が言った。

「うん」

俺は答えた。

それだけだった。

商店街へ向かう道で、俺たちは並んで歩いた。
いつもの距離より、半歩くらい空いている気がした。

たぶん気のせいじゃない。

フェンシングでは、届きそうで届かない距離というのがある。
今の俺たちは、会話が届きそうで届かない距離にいた。

赤羽は何度か口を開きかけた。
俺も何度か言いかけた。

昨日は。

ごめん。

昨日のこと。

でも、商店街の音が、そのたびに間へ入ってくる。

自転車のベル。
八百屋のおばさんの声。
パン屋から漂う甘い匂い。
肉のこばやしの油の匂い。

いつもなら「練習後」と先に言うところで、俺は黙っていた。

赤羽も、コロッケ屋の前で足を止めなかった。

小林さんが店先から声をかけた。

「慎太郎、青山くん、今日も練習か」

「はい!」

赤羽は答えた。

元気だった。

元気そうだった。

でも、昨日「今日はいい」と言った赤羽の声を思い出して、俺は返事が少し遅れた。

「……こんにちは」

「体験会、準備どうだ?」

小林さんが聞く。

赤羽はチラシの束を軽く叩いた。

「進んでます!」

「そうか。無理すんなよ。三枝くんも大変だろうし」

「はい!」

赤羽は笑った。

俺はその横顔を見ていた。

笑っている。

でも、目の奥に疲れが残っている。

昨日までなら、そこに気づくだけだった。
今日は、気づいて、何も言えない。

それがだいぶ情けなかった。