可能性は売ってない

リハーサルが終わったあと、三枝コーチは小学生たちを帰し、片付けを始めた。

赤羽はマスクを棚に戻していた。

ひとつずつ。

いつもなら「よし!」とか「体験会、絶対成功させようぜ!」とか言うタイミングだ。

でも、言わない。

俺はチラシの束をそろえていた。

紙の端を机にトントンと当てる。
何度も。
必要以上に。

白石先輩が近くを通った。

「青山」

「はい」

「聞くなら、自分の距離で」

俺は顔を上げた。

白石先輩はそれ以上言わなかった。

三枝コーチは受付机の奥で、体験会の申込リストを確認している。軽口を言わない大人の背中は、いつもより少し小さく見える。

赤羽はまだ棚の前にいた。

俺はチラシを置いた。
足が重かった。

フットワークを何百回やっても、人に話しかける一歩は別の筋肉を使うらしい。鍛えてない。誰もメニューに入れてくれなかった。三枝コーチ、責任を取ってほしい。

「赤羽」

俺が呼ぶと、赤羽は振り向いた。

「ん?」

「……ちょっと、外」

赤羽は一瞬だけ目を丸くした。

それから、笑った。

「珍しい。朔から誘うの」

「誘ってない。外」

「はいはい」