可能性は売ってない

決定的だったのは、体験会のリハーサルの日だった。

クラブのレーンに、商店街で使う予定のテープを貼って、簡易レーンを作った。小学生たちに体験者役をやってもらい、受付から防具説明、フットワーク体験、ミニ突き体験まで流れを確認する。

三枝コーチは、思っていたより真剣だった。

「安全確認が最優先。剣を持つと、子どもはテンションが上がる。テンションが上がると、赤羽化する」

「コーチ、赤羽化って何ですか!」

「説明しなくても伝わる現象」

「伝わります」

俺が言うと、赤羽は俺の肩を軽く小突いた。

「相棒が裏切った」

「相棒を免罪符にするな」

白石先輩が淡々と言う。

「赤羽化は危険」

「先輩まで!」

クラブに笑いが起きた。

いつもの空気だった。

けれど、そのあとだった。

赤羽がフットワーク体験の説明をしている途中、言葉を止めた。

「前足をこっちに向けて、後ろ足は斜め。膝を軽く曲げて……えっと」

沈黙。

小学生たちが首を傾げる。

三枝コーチが「慎太郎?」と声をかけた。

赤羽は瞬きをして、笑った。

「あ、ごめん。で、前進はこう!」

いつものように足を出した。

でも、その一歩が少しだけ雑だった。

白石先輩の眉が、ほんの少し動いた。

俺も見ていた。

そして、赤羽のバッグの中でスマホが震えた。

ブーブー、と短い振動音。

赤羽は振り向かなかった。

でも、聞こえていた。
絶対に聞こえていた。

三枝コーチも、白石先輩も、俺も聞こえた。
赤羽だけが聞こえていないふりをした。