可能性は売ってない

学校から練馬フェンシングクラブまでは、思ったより近かった。

西武線の音が遠くで響く。商店街のシャッターのいくつかは半分開いていて、八百屋の前には新玉ねぎの箱が積まれている。昨日の入学式帰りとは時間帯が違うせいか、同じ道なのに少しだけ表情が違った。

赤羽は歩きながら、やたらいろんな人に挨拶した。

「こんにちは!」

「あら慎ちゃん、学校始まった?」

「始まった! まだ二日目!」

「頑張りなさいよー」

「はい!」

慎ちゃん。

俺は横目で赤羽を見る。

「地元密着型だな」

「練馬育ちだから」

「俺も練馬だけど、商店街で名前呼ばれたことない」

「声出して歩けば呼ばれるよ」

「不審者として?」

「元気な高校生として」

コロッケ屋の前を通ると、油の匂いがした。

赤羽が足を止めかける。

「練習後に寄ろう」

「練習する前提かよ」

「運動後のコロッケは正義」

「正義の範囲が広いな」

店のおじさんが顔を出した。

「慎太郎、今日も練習か」

「はい! 新しいやつ連れてきました!」

「やつって言うな」

「お、フェンシングの子か」

おじさんが俺を見て笑った。

フェンシングの子。

まだ一回しか剣を持っていないのに、もうそんなふうに呼ばれるのは変だった。変だけど、嫌ではなかった。

嫌ではない、という感情は厄介だ。