可能性は売ってない

その日、練習が終わったあと、赤羽はいつものように言った。

「こばやし行くぞ」

「練習後のコロッケまでがフェンシング、だろ」

俺が先に言うと、赤羽は少しだけ笑った。

「復習できてる」

声がいつもより小さかった。

俺はそれに気づいた。

気づいたのに、また何も言わなかった。

商店街へ出ると、夜風が少し湿っていた。

肉のこばやしの前には、俺たちのチラシが貼られている。隣には臨時会合のお知らせ。赤いのぼりが揺れて、油の匂いが空気に広がる。

小林さんが揚げたてのコロッケを紙袋に入れてくれた。

「体験会、もうすぐだな」

「はい!」

赤羽の返事は明るかった。

でも、俺には少しだけ作った明るさに聞こえた。
いや、そう聞こえるようになってしまった。

一度気になると、全部に意味がついてしまう。
面倒くさい。人の表情なんて、見なければよかった。赤羽がただの太陽系の人間でいてくれたら楽だったのに。

赤羽はコロッケを一口食べた。

「熱っ」

「学習しろ」

「でもうまい」

「そこも毎回同じだな」

「変わらないものも大事だろ」

その言葉に、俺は少しだけ赤羽を見た。

赤羽はコロッケを見ていた。

紙袋の中の、熱い揚げ物。
商店街の明かり。
古いクラブの帰り道。

変わらないもの。

俺たちの周りにあるものは、最近、あまりにも簡単に変わりそうだった。

賃料改定。
クラブの存続。
体験会。
協賛。
商店街の会合。

そして、赤羽。

俺はコロッケをかじった。

いつもと同じ味だった。

同じ味なのに、なんとなく喉の通りが悪い。