可能性は売ってない

練習後、俺はロッカーの前で靴ひもを結んでいた。

白石先輩が隣に立つ。

「青山」

「はい」

「慎太郎、何かある」

俺は靴ひもを結ぶ手を止めた。

「……先輩も、そう思いますか」

「思う」

「聞いたんですか」

「聞いてない」

白石先輩はバッグのファスナーを閉める。

俺は赤羽のスマホ画面を思い出した。

『父』

出なかった通話。
上の空の横顔。
一瞬だけ消える笑顔。

気になる。

それは認めるしかない。

でも、気になるから聞く、というのは、俺には難しかった。

人の事情に踏み込むには、理由がいると思っていた。正しい理由。優しい理由。相手のためになる理由。

自分が気になるから。

それだけで足を前に出すのは、まだ怖い。

白石先輩は俺の沈黙を見て、何も言わなかった。