可能性は売ってない

練習の合間、赤羽は何度か上の空になった。

最初は小さなことだった。

チラシを十枚ずつ分けるはずが、赤羽の山だけ九枚だった。

「一枚足りない」

俺が言うと、赤羽は「あれ?」と笑った。

「俺の情熱で一枚燃えた?」

「紙を燃やすな」

次に、体験会用の説明を練習しているとき、赤羽は「フルーレは胴体が有効面で」と言いながら、自分の足元を見たまま黙った。

「赤羽」

「ん?」

「胴体が有効面で、その先は?」

「……その先?」

「説明が胴体で止まってる」

「あ、攻撃権。優先権があって、えっと」

「お前が詰まると、初心者は全員逃げるぞ」

「大丈夫、勢いで」

「勢いでルール説明するな」

赤羽は笑った。

でも、いつもならそこから「朔、代わりにやってみろよ」とか「俺の説明うまいだろ」とか言ってくるはずなのに、その日はすぐに黙った。

剣を握っているときも、少し違った。

赤羽は前に出る。

それは変わらない。

でも、いつもの一歩より、半拍遅い。
いや、遅いというより、出る前に何かを考えている。

赤羽が考えている。

この表現だけで少し怖い。

いつもは、考えるより先に足が出るタイプだ。良い悪いは別として、それが赤羽の強さだった。前に出ることで、相手に考えさせる。迷わせる。飲み込む。

でも、その日は赤羽の足元に、見えない小石が挟まっているみたいだった。

「慎太郎」

白石先輩が言った。

「今日は前に出るのが遅い」

赤羽はマスクを外して、汗を拭いた。

「そうですか?」

「うん」

「体験会準備で疲れてるだけです」

「疲れてるなら休め」

「大丈夫です」

「大丈夫を雑に使うな」

白石先輩の声は静かだった。

赤羽は笑った。

「先輩、朔みたいなこと言いますね」

「青山のほうが慎太郎対策に慣れてきただけ」

「俺、対策されてるんですか」

「されてる」

赤羽は笑った。

笑った。

けど、白石先輩は赤羽から目をそらさなかった。