可能性は売ってない

商店街へ向かう道は、少しずつ顔を変えていた。店先にはふれあい市のポスターが増えている。八百屋の前には玉ねぎの箱。花屋の前には鉢植えのマリーゴールド。肉のこばやしの赤いのぼりは、今日も油の匂いと一緒に揺れていた。

「慎太郎、新しいチラシできたのか」

小林さんが店先から声をかけてきた。

赤羽はいつもの調子で手を上げた。

「できました!」

「声」

「小林さん遠いから」

「三メートルだろ」

小林さんは笑いながら、チラシを受け取った。

「お、いいねえ。『可能性は売ってない』か」

俺は顔をそらした。
読まれると、印刷したときの倍恥ずかしい。

小林さんは、俺を見てにやっとした。

「青山くんが考えたのか」

「……まあ」

「いいじゃない。前に店の前でぼんやりしてた子が、こういうの作るようになったんだなあ」

「ぼんやりしてたって、そんなに印象残ってますか」

「慎太郎が連れてきた新しい子だからな。フェンシングの子は覚えるよ」

フェンシングの子。

その言葉にも、もう完全には照れなくなっている自分がいた。

慣れって怖い。

最初はただの通りすがりだった。
それが仮入部になり、正式部員になり、今は商店街にチラシを置いてもらっている。

何だこの展開。

小林さんはチラシを掲示板に貼ってくれた。

『商店街臨時会合のお知らせ』の横。

家賃の値上げを知らせる紙と、フェンシング体験会のチラシが、同じ画鋲で留められる。

それが少しだけ、変な感じだった。

クラブを残すための体験会。
商店街も、自分たちの店を残すために踏ん張っている。

誰かに助けてもらうには、その誰かも助かっていなきゃいけない。

当たり前のことなのに、こういうときだけ重く見える。

赤羽は掲示板の前で、腕を組んで満足そうにうなずいた。

「いいな」

「自分の案じゃないのに?」

「朔のやつも、俺の魂が半分入ってる」

「勝手に入れるな。著作権の侵害だ」

「相棒の作品には相棒の魂が入るだろ」

相棒。

その言葉を、赤羽は何でもないみたいに言った。

俺は一瞬、返事が遅れた。

「……重いな、魂」

赤羽は笑った。

笑ったけど、その目がまた一瞬だけ別のところへ行った。

商店街の掲示板。
チラシ。
臨時会合のお知らせ。
その向こうにある、どこか。

俺はどうしてか、聞けなかった。