可能性は売ってない

チラシを抱えてコンビニを出ると、空気が少しぬるかった。

五月の終わり。春のはずなのに、夕方の風にほんの少し夏の気配が混ざり始めている。制服の袖口から入る風が、昼間より湿っていた。

赤羽はチラシの束を片手に持って、もう片方の手でスマホを取り出した。
画面を見た瞬間、動きが止まる。

俺は横目で見た。

表示されていた名前は、前にも見たことがある。

『父』

赤羽は通話ボタンを押さなかった。
画面を一秒見て、二秒見て、それからスマホを裏返した。

「出ないのか」

言ってから、しまったと思った。

聞く気はなかった。

でも、聞いてしまった。

赤羽は笑った。

「あとで」

「……そう」

「今はクラブ行かないと。体験会準備、山ほどあるし」

赤羽はそう言って、歩き出した。