可能性は売ってない

体験会のチラシは、印刷された瞬間から恥ずかしかった。
白い紙の真ん中に、黒い文字で堂々と書かれている。

『可能性は売ってない。でも、体験はできます。』

……誰だ、これを書いたやつは。

俺だ。

逃げ場がない。

コンビニのコピー機の前で、俺は刷り上がったチラシを見下ろしながら、自分の過去をそっと消したくなった。中学の卒業文集で将来の夢を空欄にした人間が、五月の終わりには「可能性」とか書いた紙を五十枚印刷している。

人生は、油断すると知らない方向へ転がる。

しかも、その転がり方が地味に恥ずかしい。

隣で赤羽慎太郎が、印刷されたチラシを一枚手に取って、目を輝かせた。

「いいじゃん!」

「声」

「めちゃくちゃいいじゃん!」

「コピー機の前で叫ぶな。店員さんが見てる」

赤羽はチラシを胸の前で持ち、まるで表彰状でも受け取ったみたいな顔をした。

「これ、朔っぽい」

「やめろ。俺っぽいとか言われると回収したくなる」

「なんでだよ。いい意味だって」

「いい意味でも恥ずかしいことはある」

「可能性は売ってない。でも、体験はできます」

赤羽が声に出して読んだ。

俺は反射的にチラシを奪い取った。

「読むな」

「印刷したのに?」

「印刷物にも黙読という作法がある」

「でも、声に出したほうが届くだろ」

「届きすぎるんだよ、お前の場合」

赤羽は笑った。

いつもの赤羽だった。

声が大きくて、まっすぐで、こっちの逃げ道をだいたい踏み抜いてくる。コンビニの照明の下でも、こいつだけ春の昼みたいに明るい。

ただ、その日は少しだけ違った。

俺がチラシをそろえている間、赤羽はふと、コピー機の画面ではなく、店の外を見た。

ガラス越しに、夕方の練馬の道が見える。自転車のライト。買い物袋を下げた人。少し先の交差点で、信号待ちをしている親子。

赤羽はその景色を見たまま、何秒か黙った。
赤羽が黙ると、世界の音量設定が急におかしくなる。

コピー機の機械音。
レジ袋のこすれる音。
店員さんの「ありがとうございました」。
それらが、変に大きく聞こえた。

「赤羽?」

俺が呼ぶと、赤羽はすぐに振り向いた。

「ん?」

「……いや、チラシ。持て」

「おう!」