可能性は売ってない

赤羽が近づいてきた。

「朔」

「生きてる」

「聞く前に答えるな」

「お前の大丈夫の基準、だいたい生存だから」

赤羽は少しだけ笑った。
でも、いつもみたいに「次!」とは言わなかった。

その代わり、俺の剣を見て言った。

「さっき、三本目。相手の剣、ちょっと触れそうだった」

「触れてない」

「でも、近かった」

「五対〇で負けたんだけど」

「うん」

赤羽はうなずいた。

「でも、ゼロの中にも違いはある」

俺は赤羽を見た。

それは白石先輩が言いそうな言葉だった。
赤羽が言うと、少し雑で、でもまっすぐだった。

「……お前、そういうことも言うんだな」

「俺、たまに言う」

「たまになのは自覚あるんだな」

白石先輩が後ろから言った。

「今のは、何もできない負け」

俺は振り向いた。

白石先輩はマスクを脇に抱えて、レーンのほうを見ていた。

「でも、知ったほうがいい。クラブの中だけだと、慎太郎の速さが世界の基準になる」

「違うんですか」

「違う。速さにも種類がある」

赤羽が少しむくれた。

「俺の速さ、いい速さですよね?」

「いいけど、単純」

「先輩!」

「黒瀬は違う」

その名前が出た瞬間、赤羽の表情が少し変わった。

黒瀬遥斗。

今は別のレーンで、年上らしい選手と試合をしていた。
動きが静かだった。
前に出るときも、下がるときも、無駄がない。
ランプが光っても、ほとんど表情を変えない。

赤羽とは正反対だ。