可能性は売ってない

練習試合は、アップから始まった。

相手クラブの選手たちは動きが揃っていた。
前進、後退、ランジ。
号令に合わせて足音がそろう。

うちも同じことをしているはずなのに、なんだろう、この差は。

三枝コーチが俺の横に来た。

「青山くん、今日は一本取ろうとか考えなくていい」

「最初から諦めていいんですか」

「違う。一本にこだわると、相手が見えなくなる。まずは、自分が何もできなくなる感じを知る」

「嫌な予告ですね」

「外に出ると、そういう負けがある」

外に出ると。

その言い方で、ここがいつものクラブではないことを思い出す。

赤羽はいつも俺に前へ来る。
速いし、圧があるし、うるさい。
でも、赤羽の速さには、どこか知っているリズムがある。

こいつなら来る。
ここで笑う。
ここで無駄に褒める。
ここで前に出る。

そういう、本人には言えないけど、少しずつわかってきた癖がある。

でも、今日の相手にはそれがない。

知らない相手。
知らない距離。
知らない速さ。
知らない負け。