可能性は売ってない

「赤羽」

少し離れたところから声がした。

俺たちが振り向くと、白いジャージ姿の男子が立っていた。

背は赤羽と同じくらい。
髪はきれいに整えられていて、姿勢がまっすぐだった。顔立ちは整っているけど、笑い方が薄い。うまく言えないけど、笑顔に温度がない。

「黒瀬」

赤羽が言った。

俺はその瞬間、彼は赤羽の知り合いだとわかった。
赤羽の声が、少しだけ硬くなったからだ。

黒瀬は赤羽を見て、それから白石先輩、三枝コーチ、俺の順に視線を移した。

「練馬クラブ、まだやってたんだ」

その言葉は、普通の声量だった。
廊下で赤羽が俺の名前を叫ぶのとは正反対だ。
静かで、聞き取りやすくて、だから余計に嫌な感じがした。

赤羽が笑った。

「やってるに決まってるだろ」

「へえ。最近、見なかったから」

「今日は見せに来た」

「相変わらずだね」

黒瀬はそう言って、俺を見た。

「そっちは?」

「青山朔。仮入部」

俺が言う前に赤羽が答えた。

「仮入部を紹介に入れるな」

「大事だろ」

「重要情報ではない」

黒瀬は少しだけ眉を上げた。

「仮入部で練習試合?」

「仮でも剣持ったら選手」

赤羽が即答する。

黒瀬は小さく笑った。

「まあ、練馬らしいね」

練馬らしい。

その言い方にも、温度がなかった。

三枝コーチが一歩前に出た。

「黒瀬くん、今日はよろしく。先生は?」

「奥です。準備できてます」

「ありがとう」

三枝コーチはいつもの軽い笑顔だった。
でも、黒瀬の「まだやってたんだ」を聞いた瞬間、ほんの少しだけ口元が固まったのを、俺は見た。

見てしまった。

見たくなかった、とまでは言わない。
でも、見なければ楽だったと思う。