可能性は売ってない

クラブを出ると、赤羽が当然みたいに言った。

「こばやし行くぞ」

「足が死んでる」

「コロッケで生き返る」

商店街へ戻る道は、朝とも昼とも違う顔をしていた。

店の明かりがついて、歩道にオレンジ色が落ちている。自転車のベル、買い物袋のこすれる音、どこかの家から漂う夕飯の匂い。西武線の音が遠くから響いて、空は青から紫へ変わりかけていた。

練馬。
住み慣れた街。
見慣れた住宅街、商店街、古いビル。

今までなら、ただ通り過ぎるだけの場所だった。
でも、今日は足の痛みとコロッケの匂いと金属音が、街のあちこちに引っかかっている。

肉のこばやしの前には、何人かの小学生がいた。
そのうち二人は、クラブで見た子たちだった。ジャージの上に上着を羽織って、紙袋を持っている。

「あ、赤羽くん!」

「おつかれ!」

「今日、白石先輩に突かれた」

「生きてるから大丈夫!」

「大丈夫の基準おかしいよ!」

小学生たちは笑って走っていった。

小林さんが店先で手を振った。

「お、フェンシングの子たち。今日は何個?」

「俺二個! 朔は?」

「一個」

「二個いけるって」

「俺の胃を勝手に強化するな」

「じゃあ一個半」

「半分どこから来た」

小林さんが笑いながら、コロッケを紙袋に入れてくれた。

「慎太郎は相変わらず元気だな。三枝くんとこ、最近また子ども増えた?」

「ちょっと増えてます!」

「そうかそうか。昔から、あそこの子たちは練習帰りによう来るからな。フェンシングの子たちが来ると、夕方って感じがするよ」

フェンシングの子たち。
複数形。

赤羽も、白石先輩も、小学生たちも、たぶん何年もここに来ている。
店の人に顔を覚えられて、練習帰りに腹を空かせて、コロッケを買って、商店街の夕方に混ざっている。

クラブは、古いビルの一階にあるだけじゃない。
商店街の油の匂いの中にもある。
小林さんの「三枝くん」という呼び方の中にもある。
子どもたちを「フェンシングの子たち」と呼ぶ声の中にもある。

俺はそれを、紙袋の熱さを手に感じながら知った。

店先の掲示板で、さっきのポスターがまた揺れていた。

『ふれあい市』

『体験ブース参加団体募集』

『協賛店募集中』

赤羽はコロッケを受け取って、すぐに一口かじった。

「熱っ!」

「学習しろ」

「でもうまい!」

「学習しないな」

俺も紙袋からコロッケを出した。

熱い。

外側がさくっと割れて、中のじゃがいもが湯気を立てる。玉ねぎの甘さとソースの匂いが混ざって、練習で空っぽになった胃にまっすぐ落ちた。

「……うまい」

「だろ」

赤羽は勝ち誇った顔をした。

「だから言ったじゃん。練習後のコロッケまでがフェンシング」

「ルールブックに載ってないだろ」

「練馬版には載ってる」

「非公式すぎる」

「でも大事」

赤羽はコロッケを食べながら、店先の低い段差に腰を下ろした。
俺も少し離れて座る。

足を曲げると太ももが痛い。
でも、コロッケはうまい。

痛みとうまさが同時にあるのは不思議だった。嫌なことだけなら逃げればいい。楽しいことだけなら疑えばいい。でも、痛くてうまいものは扱いに困る。