可能性は売ってない

――休憩の時間、俺は壁際のベンチに座って水を飲んだ。

座った瞬間、太ももが「二度と立つな」と言った気がした。幻聴だ。筋肉の幻聴。怖い。

赤羽は隣に座って、スポーツドリンクを飲んでいる。
汗で前髪が額に張り付いているのに、顔は楽しそうだった。

「お前、疲れないの?」

「疲れる」

「嘘だ」

「疲れるけど、楽しいから」

「便利だな、その構造」

「朔もそのうちわかる」

「勝手に未来予測するな」

「今日、昨日より足出てるし」

「それ、さっきも言った」

「大事だから二回」

「テストか」

白石先輩が少し離れたところでタオルを首にかけながら言った。

「慎太郎は、同じことを何回も言う」

「先輩、悪口?」

「事実」

「事実が一番傷つく!」

「でも、今日の青山の足は出てる」

俺は水筒を持ったまま、白石先輩を見た。

「……先輩もですか」

「うん。最初より軽い」

「軽いですか」

「まだ重いけど」

「追撃が的確ですね」

白石先輩は眠そうな目で俺を見た。

「最初より、構えが軽くなった。全部守ろうとして固まってたのが、少し抜けた」

「……自分では、わからないです」

「自分で全部わかるなら、コーチはいらない」

三枝コーチが通りがかりに言った。

「そうそう。私の存在意義を奪わないで」

「そんな壮大な話でしたっけ」

「クラブ運営は存在意義との戦いだからね」

三枝コーチは軽く笑った。

いつもの軽口だった。
でも、その笑いの向こうに、さっき見た封筒の文字が一瞬だけよぎった。

――賃料改定のお知らせ。

俺は何か聞こうとした。
けど、三枝コーチはすぐにホイッスルを鳴らした。

「はい、休憩終わり。もう一回フットワーク」

「鬼ですか」

「コーチです」

「似たようなものでは」

「メニュー増えるよ?」

「コーチです」

「よし」