可能性は売ってない

クラブに着くと、ガラス戸の向こうから金属音が聞こえた。

カン。

カン、カン。

前よりも少しだけ、音の種類がわかる気がする。

剣同士がぶつかる音と、床を蹴る音と、誰かが息を吐く音。

気のせいかもしれない。
でも、そういう気のせいが増えている。

「こんにちはー!」

赤羽が大声で入る。

俺はその後ろから、控えめに「こんにちは」と言った。

白石先輩がレーンの端で剣を拭いていた。
相変わらず眠そうな目で、俺のカバンを一秒見た。

「紙、持ってきた?」

「……見ただけでわかるんですか」

奥の受付机では、三枝コーチが何かの書類を整理していた。黒いポロシャツにホイッスル。いつもの軽い感じ。

俺はカバンから仮入部届を出した。

「三枝コーチ」

「はいはい。お、ついに?」

「仮です」

「うん。仮ね」

「正式じゃないです」

「わかってる。仮入部届だから」

「本気でやるって決めたわけじゃないです」

「わかってるってば」

赤羽が横でにやにやしている。

「朔、仮にこだわるよな」

「大事だろ」

「大事だけど、そこまで仮を強調すると、逆に本気っぽい」

「そういう罠みたいな解釈やめろ」

三枝コーチは仮入部届を受け取って、名前欄とサイン欄を確認した。

「はい、受理しました。青山朔くん、本日より仮入部」

赤羽が両手を上げた。

「よっしゃ!」

「喜びすぎだろ」

「だって仮でも仲間じゃん!」

「仮の仲間」

三枝コーチが笑う。

「じゃあ、仮入部員の青山くんには、今日からちゃんと基礎メニューを受けてもらいます」

「今まではちゃんとしてなかったんですか」

「今までは体験用。今日は仮入部用」

「違いは?」

「量」

最悪の答えだった。

受付机の隅に、封筒が置かれていた。

白い封筒。
宛名はクラブ名。
表に黒い文字で、『賃料改定のお知らせ』と印刷されているのが一瞬だけ見えた。

三枝コーチは俺の視線に気づいたのか、何も言わずにその封筒を書類の下へ滑らせた。

動きは自然だった。
自然すぎて、逆に気になった。

でも、赤羽が俺の肩をぽんと叩いたせいで、その文字はすぐに頭の端へ追いやられた。

「朔、着替え!」