商店街を通ると、夕方の匂いがした。
八百屋の新玉ねぎ、魚屋の氷、パン屋の甘い匂い、そして少し先から漂ってくる油の匂い。
赤羽が鼻をひくっと動かした。
「今日の油、いい感じ」
「犬か」
「コロッケセンサー」
「人体に搭載しなくていい機能だな」
コロッケ屋の前を通りかかった。
看板には、『肉のこばやし』と書かれていた。
前は油の匂いとおじさんの顔しか見ていなかったけど、今日は店名まで目に入った。店先には赤いのぼりが立っていて、「揚げたてコロッケ」と白い文字が揺れている。
ショーケースの中には、コロッケ、メンチカツ、ハムカツが並んでいた。
店の横の掲示板には、商店街のポスターが貼ってある。
『練馬さくら大根通り商店街 ふれあい市』
『体験ブース参加団体募集』
『協賛店募集中』
丸っこい文字と、手描きの桜のイラスト。
小学生向けのスタンプラリーとか、抽選会とか、そういう平和な情報がぎゅっと詰まっていた。
赤羽が足を止めそうになったので、俺は先に言った。
「練習後だろ」
「お、わかってきた!」
「わかりたくなかった」
「練習後のコロッケまでがフェンシング」
「競技範囲が商店街まで広がってる」
「大事だぞ。フェンシングは距離の競技だからな」
「その距離、広すぎるだろ」
店のおじさん――たぶん小林さんが、奥から顔を出した。
「慎太郎、今日も練習か」
「はい! 朔、仮入部です!」
「まだ提出してない!」
「お、フェンシングの子が増えるのか」
小林さんはにこにこして俺を見た。
――フェンシングの子。
前にもそう呼ばれた。
まだ正式でもないし、今日出すのも仮入部届なのに、その言葉は勝手に俺をどこかへ置こうとする。
居場所、というほど大げさじゃない。
でも、通りすがりよりは少し近い。
「仮、です」
俺は念のため言った。
「仮でも腹は減るだろ。練習終わったら寄ってきな」
「ほら、朔。こばやしのおじさんも言ってる」
「コロッケ屋の発言力が強すぎる」
「三枝くんにもよろしくな。最近、忙しそうだから」
小林さんがそう言った。
三枝くん。
三枝コーチをそんなふうに呼ぶのか。
赤羽が頷く。
「はい!」
俺は店先のポスターをもう一度見た。
体験ブース参加団体募集。
協賛店募集中。
八百屋の新玉ねぎ、魚屋の氷、パン屋の甘い匂い、そして少し先から漂ってくる油の匂い。
赤羽が鼻をひくっと動かした。
「今日の油、いい感じ」
「犬か」
「コロッケセンサー」
「人体に搭載しなくていい機能だな」
コロッケ屋の前を通りかかった。
看板には、『肉のこばやし』と書かれていた。
前は油の匂いとおじさんの顔しか見ていなかったけど、今日は店名まで目に入った。店先には赤いのぼりが立っていて、「揚げたてコロッケ」と白い文字が揺れている。
ショーケースの中には、コロッケ、メンチカツ、ハムカツが並んでいた。
店の横の掲示板には、商店街のポスターが貼ってある。
『練馬さくら大根通り商店街 ふれあい市』
『体験ブース参加団体募集』
『協賛店募集中』
丸っこい文字と、手描きの桜のイラスト。
小学生向けのスタンプラリーとか、抽選会とか、そういう平和な情報がぎゅっと詰まっていた。
赤羽が足を止めそうになったので、俺は先に言った。
「練習後だろ」
「お、わかってきた!」
「わかりたくなかった」
「練習後のコロッケまでがフェンシング」
「競技範囲が商店街まで広がってる」
「大事だぞ。フェンシングは距離の競技だからな」
「その距離、広すぎるだろ」
店のおじさん――たぶん小林さんが、奥から顔を出した。
「慎太郎、今日も練習か」
「はい! 朔、仮入部です!」
「まだ提出してない!」
「お、フェンシングの子が増えるのか」
小林さんはにこにこして俺を見た。
――フェンシングの子。
前にもそう呼ばれた。
まだ正式でもないし、今日出すのも仮入部届なのに、その言葉は勝手に俺をどこかへ置こうとする。
居場所、というほど大げさじゃない。
でも、通りすがりよりは少し近い。
「仮、です」
俺は念のため言った。
「仮でも腹は減るだろ。練習終わったら寄ってきな」
「ほら、朔。こばやしのおじさんも言ってる」
「コロッケ屋の発言力が強すぎる」
「三枝くんにもよろしくな。最近、忙しそうだから」
小林さんがそう言った。
三枝くん。
三枝コーチをそんなふうに呼ぶのか。
赤羽が頷く。
「はい!」
俺は店先のポスターをもう一度見た。
体験ブース参加団体募集。
協賛店募集中。



