可能性は売ってない

――昼休みになって、購買でパンを買った。

昨日は焼きそばパンだったので、今日はコロッケパンにした。

……いや、別にコロッケ屋の影響ではない。

パン棚の中でたまたま目に入っただけだ。

廊下の窓際で食べようとした瞬間、遠くから声がした。

「朔ー!」

来た。

音量だけで個人識別できる人間、赤羽慎太郎。

今日も廊下の空気を巻き込みながら、俺のところへ走ってきた。周囲の一年生がちらっと見る。昨日ほどではないけど、それでも視線が集まる。

「声」

「おはよう!」

「昼」

「じゃあ、こんにちは!」

「そういう問題でもない」

赤羽は俺の手元を見た。

「コロッケパンじゃん!」

「うるさいな。パンの種類に反応するな」

「練習後のコロッケを予習してる?」

「してない」

「してる顔だ」

赤羽は楽しそうに笑って、それから少し身を乗り出した。

「で、仮入部届は?」

「……何で知ってるんだよ」

「昨日もらってただろ」

「記憶力、無駄にいいな」

「朔に関する重要事項だから」

「重くするな。紙一枚だ」

俺はカバンの中から仮入部届を少しだけ見せた。

赤羽の顔が、ぱっと明るくなった。

比喩じゃない。

本当に明度が上がった気がした。廊下の蛍光灯が一個増えたのかと思った。

「出すんだ!」

「仮だけど」

「出すんだ!」

「だから仮だって」

「正式に仮入部!」

赤羽は両手を軽く握って、喜びを抑えようとしていた。
抑えようとしているだけで、まったく抑えられていない。尻尾があったら、たぶん勢い良く振ってる。

「今日、クラブ来るよな」

「紙を出すだけ」

「紙出して、練習する」

「勝手に工程を増やすな」

「じゃあ、紙出して、ちょっとだけ足動かす」

「それが練習だろ」

「ちょっとだけ」

赤羽の「ちょっとだけ」は信用できない。
一回だけ、と言われてクラブに入り、一本だけ、と言われて何本も突かれた人間として、俺は学習している。

「慎太郎ー!」

一組のほうから声がした。

「体育委員、先生が呼んでる!」

「今行く!」

赤羽はそっちへ返事をしてから、俺に向き直った。

「放課後、門!」

「紙を出しに行くだけ」

「うん。門!」

「聞いてる?」

「半分!」

赤羽は笑って走っていった。

俺はコロッケパンを一口食べた。
ソースの味がした。
揚げたてじゃないコロッケは、少ししんなりしていた。

昨日の商店街のコロッケのほうがうまかった。

……いや、比べてない。