可能性は売ってない

翌朝、俺の太ももは昨日よりも明確に敵だった。

目が覚めた瞬間から、布団の中で足が重い。寝返りを打とうとしただけで、ふくらはぎが小さく悲鳴を上げた。

昨日、俺は練馬フェンシングクラブに二回目の体験へ行った。

二回目。

その言葉が、妙に重い。

一回目は、たまたまだった。入学式の帰りに金属音に釣られて、赤羽慎太郎という太陽系の男子に押されて、流されて、気づいたら剣を持っていた。

二回目は違う。

赤羽に半分くらい押されたとはいえ、俺は自分の足で行った。

机の上には、仮入部届が置かれていた。

白い紙。
名前欄。
保護者サイン欄。
NERIMA FENCING CLUBの文字。
昨日の夜、ゴミ箱の上まで持っていって、結局捨てなかった紙だ。

捨てるのは明日でもできる、と思った。

そして明日が来た。

俺は仮入部届を手に取った。

紙は薄い。

なのに、なぜか重い。

「……仮だしな」

誰に言い訳しているのか、自分でもわからない。

正式入部じゃない。

仮。

ここが重要だ。

仮なら逃げ道がある。仮なら本気じゃないと言える。仮なら、あとで「ちょっと試しただけ」と言える。

俺は机の引き出しからボールペンを出して、名前欄に「青山朔」と書いた。

自分の名前なのに、こういう紙に書くと少しよそよそしく見える。青山朔。高校一年。仮入部希望者。

……仮、という文字を名前の前に付けたいくらいだった。

仮・青山朔。

なんだそれ。存在そのものが試用期間みたいで嫌だ。