可能性は売ってない

最初は、思ったより人が来なかった。

いや、人はいた。
ふれあい市自体には人がいた。

子ども連れの親子、買い物帰りのおばあさん、自転車を押す高校生、商店街の店の人たち。

でも、フェンシング体験会の前で足を止める人は少なかった。

足を止めても、すぐに離れる人が多かった。

「痛そう」

「危なくない?」

「フェンシングって、お金かかりそう」

「うちの子には難しいかも」

聞こえる。
聞こえてしまう。

一つ一つの言葉が、チラシの端を少しずつ湿らせるみたいだった。

赤羽は焦った。
焦ると、赤羽は前に出る。

フェンシングでも、現実でも。

「痛くないです! 楽しいです! 剣ってかっこいいです!」

声は、たぶん六割だった。
三枝コーチからは三割と言われている。
つまり二倍だ。

親子が少し引いた。
子どものほうは目を丸くして、母親の後ろに半歩下がった。

赤羽がさらに説明しようと口を開く。

俺はその前に出た。

「最初は剣を持ちません」

赤羽の声と違って、俺の声は低い。

でも、落ち着いていたと思う。

少なくとも、落ち着いているふりはできた。

「足の動きだけです。怖かったら、マスクを被るだけでも大丈夫です。俺も最初、怖かったので」

母親が俺を見た。

子どもも、母親の後ろから少し顔を出した。

「怖かったの?」

子どもが聞いた。

「うん。今も、たまに怖い」

「今も?」

「うん。でも、怖いから見ようとする。見えたら、ちょっと面白くなる」

言いながら、自分で少し驚いた。

俺は何を偉そうに言っているんだ。

少し前まで、剣先が見えないどころか、自分の将来すら見えていなかった人間が。

でも、嘘ではなかった。

母親が少し笑った。

「じゃあ、マスクだけでも被ってみる?」

子どもが小さくうなずいた。

三枝コーチがすぐに安全確認に入り、白石先輩が小さいサイズのマスクを出した。

赤羽は俺を見た。

「朔」

「何」

「今の、いい」

「お前は三割を覚えろ」

「……はい」

「返事だけは三割なんだな」

赤羽は少し笑った。

その笑いに、いつもの温度がほんの少し戻った。