可能性は売ってない

ロッカーでジャージに着替える。
制服からジャージに変わるだけで、体が昨日の続きを思い出した。いや、思い出したというより、痛みが主張してきた。

太ももが重い。

鏡に映る自分は、昨日より少しだけ情けない顔をしていた。

「……何やってんだろ」

小さくつぶやく。

入学二日目の放課後に、フェンシングクラブでジャージに着替えている高校一年生。

昨日と同じ情報量だ。しかも今日は自分の足で来ている。赤羽に押されたとはいえ、物理的には自分で歩いた。そこが一番問題だ。

レーンに戻ると、赤羽はもう準備を終えていた。
三枝コーチが手を叩く。

「はい、オンガード。昨日やったやつ。前足、後ろ足。膝を軽く。上体は起こす」

俺は構えた。

昨日は何もわからず真似しただけだった。今日は、少しだけわかる。だから逆に難しい。

前足の向き。後ろ足の角度。膝の沈み。腕の位置。剣先の高さ。

考えることが多すぎる。

「青山くん、力みすぎ」

三枝コーチが言う。

「昨日より?」

「昨日より。二回目の初心者にありがち。昨日できたことを、今日もやろうとして固まる」

「……できたかどうかも怪しいですけど」

「怪しいから確認するんだよ」

前進。後退。前進。後退。

足裏がゴムマットを擦る。昨日より音が気になる。太ももがじわじわ痛む。呼吸が浅くなる。赤羽は隣のレーンで同じ動きをしているのに、やたら軽い。

同じ「前へ一歩」なのに、赤羽の一歩は跳ねるみたいで、俺の一歩は濡れた雑巾みたいだった。

「朔、前足重い!」

「筋肉痛だって言っただろ」

「筋肉痛でも軽く!」

「根性論かよ」

白石先輩が横から言った。

「慎太郎の勢いに全部乗ると疲れるから、半分だけ聞けばいい」

俺は前進を止めかけた。

「半分だけ?」

「うん。声は半分。動きは見て盗む。慎太郎は説明が勢いだから」

「先輩、俺の説明わかりやすいですよね?」

「勢いはわかりやすい」

「褒めてる?」

「半分」

赤羽が「半分かあ」と真剣に悩んでいる。そこは悩むところなのか。