龍介さんが一つ息を吐いてから、チャイムを鳴らすとドアが開き、無表情の卓也が現れた。
「……どうぞ」
部屋の中は、まるで高級ブランドの見本市のように、ソファやテーブルの上までいくつものブランドの紙袋で埋め尽くされていた。
卓也は、その紙袋の山に無関心に寄り掛かった。その弾みで、それらの紙袋がバランスを崩し、床へと滑り落ちる。ガサガサと、軽薄な音が室内に響いた。それは、かつて卓也がわたしに与えようとし、わたしが盲目的に憧れた「幸せの形」の、あまりにも虚無な音。
わたしの心は、もはやこの物質的な豊かさにはない。ぎゅう、と右手が痛いほどに握り返される。隣に立つ龍介さんの手のひらから伝わる確かな熱。力強く脈打つ鼓動。この温かい手一つがあれば、わたしは生きていける。
沈黙を破ったのは、卓也の冷静でありながらも、どこか苦しそうな響きを帯びた声だった。
「……で、それが答えですか?」
「はい。挨拶に来ました。綾乃とは別れません」
わたしは龍介さんの手をさらに強く握り締め、彼の存在を全身で感じながら、卓也の目を真っ直ぐに見つめた。
「あんなことするか、普通。歌手なんて人気が落ちれば終わりだろ。今回のことで人気が落ちれば、お前たちは終わりだぞ」
「俺はメンバーのことも会社の仲間も、ファンのことも信じてますから」
龍介さんはそう言ってから、わたしにその瞳を向けて、にっこり微笑むと繋ぐ手に力を込める。
「それに、綾乃のことも。俺たちは大丈夫です。たとえ何かがあったとしても、何度でも這い上がります」
「……綾乃、お前はそれでいいのか。彼の仕事をめちゃくちゃにしてるんだぞ」
卓也の言葉にわたしが返そうとした瞬間、「違います」という龍介さんの声が響いた。
「歌うことも、曲を作ることも確かに仕事だけど、それが目的じゃありません。俺たちは、それを通して、夢や愛や幸せを伝えていきたいんです。俺は、俺らしい……俺たちらしい決断をしたと思ってます」
「……綾乃、俺といるって言ったよな」
龍介さんと繋いでる手が熱を持って熱い。
「……お兄ちゃんに会って約束したの、幸せになるって。わたしは龍介さんといる。龍介さんが好きだから」
わたしは、この手を離さない。
「……わかった、もういい」
卓也は追い払うように手を頭上で振り、俯く。
「綾乃、行こう」
龍介さんが繋いでいる手を引いて、ドアに向かって歩き出す。ドアノブに龍介さんが手をかけて引くと、微かに金属が擦れる音がする。続いて出ていこうとした瞬間、「綾乃」と呼ぶ卓也の声が耳に届いた。微かに震えるその声にに立ち止まり、振り返るけれど、俯いている卓也の表情は見えない。
「卓也。わたし、卓也と過ごして……幸せだったこともたくさんあったよ。だから……だから、幸せになってね。今まで、ありがとう」
ドアを閉める音がやけに響いた。龍介さんが手を離して、わたしの肩を抱くと、ゆっくりと擦ってくれる。そして、その手に促されるまま、また歩き出し、ホテルを後にした。
「……どうぞ」
部屋の中は、まるで高級ブランドの見本市のように、ソファやテーブルの上までいくつものブランドの紙袋で埋め尽くされていた。
卓也は、その紙袋の山に無関心に寄り掛かった。その弾みで、それらの紙袋がバランスを崩し、床へと滑り落ちる。ガサガサと、軽薄な音が室内に響いた。それは、かつて卓也がわたしに与えようとし、わたしが盲目的に憧れた「幸せの形」の、あまりにも虚無な音。
わたしの心は、もはやこの物質的な豊かさにはない。ぎゅう、と右手が痛いほどに握り返される。隣に立つ龍介さんの手のひらから伝わる確かな熱。力強く脈打つ鼓動。この温かい手一つがあれば、わたしは生きていける。
沈黙を破ったのは、卓也の冷静でありながらも、どこか苦しそうな響きを帯びた声だった。
「……で、それが答えですか?」
「はい。挨拶に来ました。綾乃とは別れません」
わたしは龍介さんの手をさらに強く握り締め、彼の存在を全身で感じながら、卓也の目を真っ直ぐに見つめた。
「あんなことするか、普通。歌手なんて人気が落ちれば終わりだろ。今回のことで人気が落ちれば、お前たちは終わりだぞ」
「俺はメンバーのことも会社の仲間も、ファンのことも信じてますから」
龍介さんはそう言ってから、わたしにその瞳を向けて、にっこり微笑むと繋ぐ手に力を込める。
「それに、綾乃のことも。俺たちは大丈夫です。たとえ何かがあったとしても、何度でも這い上がります」
「……綾乃、お前はそれでいいのか。彼の仕事をめちゃくちゃにしてるんだぞ」
卓也の言葉にわたしが返そうとした瞬間、「違います」という龍介さんの声が響いた。
「歌うことも、曲を作ることも確かに仕事だけど、それが目的じゃありません。俺たちは、それを通して、夢や愛や幸せを伝えていきたいんです。俺は、俺らしい……俺たちらしい決断をしたと思ってます」
「……綾乃、俺といるって言ったよな」
龍介さんと繋いでる手が熱を持って熱い。
「……お兄ちゃんに会って約束したの、幸せになるって。わたしは龍介さんといる。龍介さんが好きだから」
わたしは、この手を離さない。
「……わかった、もういい」
卓也は追い払うように手を頭上で振り、俯く。
「綾乃、行こう」
龍介さんが繋いでいる手を引いて、ドアに向かって歩き出す。ドアノブに龍介さんが手をかけて引くと、微かに金属が擦れる音がする。続いて出ていこうとした瞬間、「綾乃」と呼ぶ卓也の声が耳に届いた。微かに震えるその声にに立ち止まり、振り返るけれど、俯いている卓也の表情は見えない。
「卓也。わたし、卓也と過ごして……幸せだったこともたくさんあったよ。だから……だから、幸せになってね。今まで、ありがとう」
ドアを閉める音がやけに響いた。龍介さんが手を離して、わたしの肩を抱くと、ゆっくりと擦ってくれる。そして、その手に促されるまま、また歩き出し、ホテルを後にした。


