シンデレラ・スキャンダル

 会いたくて、会えなくて、焦がれる気持ちを無理矢理抑えつけていたのに、目の前に彼がいる。彼は、わたしに手を差し伸べて立ち上がらせると、帽子に右手を乗せて微笑んだ。初めて出会った日と同じように。

「見つけた」

 潮の香りが鼻を抜ける。優しい波の音が耳に届く。温かい両の腕がわたしを抱き締める。

「綾乃をライブで見つけたとき、幻かと思った。とうとうおかしくなって幻まで見始めたかって……本物で良かった」

 龍介さんの声が聞こえてくる。目の前で、動いて、話している。

「会いたかった。綾乃」

 その香りに包まれて、その声で名前を呼ばれれば、もう頭は真っ白で。

「りゅう、すけさん……」

 どうしても会いたかった。どうしてもなかったことにできなくて、どうしても忘れられなかった。彼の名前を口にしてしまえば、もう止められない。涙が次から次へと溢れる。彼に縋りつくように、その広い背中に手を伸ばした。額や瞼、目尻に何度も何度も彼の唇が降ってくる。

 ゆっくりと目を開けると、彼の黒目がちな瞳が潤んで光っているのがよく見える。言葉なんて、もういらない。吸い寄せられるように、唇が重なる。

「ん……っ」

 優しいキスじゃない。足りなかった何かを埋めるように、酸素を求めるように、互いを確かめるような、キス。彼の腕が、折れそうなほど強くわたしを締め付ける。それが苦しくて、少しだけ痛くて。でも、それが嬉しい。ここに彼がいる。

 唇を離して、間近でわたしを見下ろしては、再び唇を重ねる。龍介さんの熱に浮かされるように、体が熱を持つ。

「綾乃」

 龍介さんの手がわたしの頬に添えられるから、それに頭を預けるようにすれば、手はゆっくりと動いて髪を撫でてくれる。龍介さんのいつもの仕草。

「……どうして、ここに」

「幕張と稲毛の間の、ケミガワの浜、でしょ? 綾乃なら海にいるかもしれないって思ったから。昨日、綾乃を見つけて、でも会えなくて。このまま今日もライブなんてできなかった」

 抱き締められれば、抱き締められる程に、身体が龍介さんに吸い込まれるようにして密着していく。焦がれる、恋い焦がれるとは、きっとこういうこと。抗いたくても抗えない気持ちは、もう知らないふりも、消してしまうことさえもできない。

「栞ちゃんに聞いて、ホテルのフロントまで行ったけど、やっぱり繋いでもらえなくて」

「え……」

「栞ちゃん、俺に泣きながら言ったんだ。綾乃のことを助けてほしいって。このままじゃ嫌だって。俺もこのままなんて絶対嫌だよ」

「でも写真も、お兄ちゃんも」

「大丈夫、わかってる。なんとかするよ」

「龍介さん」

「綾乃はどうしたい? 俺は綾乃とずっと一緒にいたい。この先の未来を、綾乃と過ごしたい。だから迎えにきたんだ」