シンデレラ・スキャンダル

◇◇

 翌朝、ホテルを抜け出して向かったのは、検見川(けみがわ)の浜。西の空に落ちかけた太陽が少しずつオレンジ色を帯びていく。

 帽子を見つめて数時間。龍介さんに出会った時みたい。メッセージを撫でて、もう一度胸に抱いて力を込める。卓也に見つかれば、きっと捨てられてしまうその帽子を目深に被って、本を片手に浜辺を歩いていく。

 海岸のアスファルトと靴に挟まれた砂が擦れて、鈍い音を立てる。オレンジ色の海と七色に輝く空。検見川(けみがわ)の浜はいつもどおり美しい。そのまま腰を下ろして、本を傍らに置き、見慣れた夕暮れに目を細めた。

 そろそろ、卓也が部屋に来る時間だけど、それはわかっているけれど、まだ戻りたくない。わたしが部屋に戻らなければ、海岸を探すだろう。でも、卓也が探すのは検見川の浜ではなく、きっと幕張の浜。

 わたしが海に行くことを知っていても、検見川(けみがわ)の浜と幕張の浜の違いをわかっていない。そんなことは、卓也にとっては重要なことではないのだ。このまま部屋に戻れば、卓也の子供を身籠って、外の世界と隔離されて育てていくことになる。愛していない人、愛されていない人の子供を。

 いつか、愛が生まれる日がくるのだろうか。幸せがあると思う日がくるのだろうか。


 愛がなくても生きていける。わたしだって、そう思っていた。手のひらから零れ落ちるように大切なものをなくしたあの時、確かにそう思った。愛なんてなくても生きていける。幸せはお金で手に入る。そう信じて疑わなかった。確信していたけど——。

 わたしは、龍介さんに出会ってしまった。彼はいつでも真っ直ぐな眼差しで、愛も夢も幸せもすぐ傍にあることを教えてくれた。小さな幸せも大きな幸せも、その全てをすくいあげて包み込み、大切に慈しむ。


 光を浴びながら、目を閉じてアスファルトの上に寝転んで、静かに目を閉じる。頭の中で何度も繰り返される彼の歌。風は冷たいのに、寒さなんて感じないほどに胸が温かい。手を伸ばせば、届きそうな彼の姿が瞼の裏に浮かぶ。

 心の真ん中を震わせる歌声。柔らかく細められる瞳。優しく触れる指先。力強い腕。温かい胸。龍介さんがそこにいる。



「——綾乃」



 わたしを呼ぶ声が、波の音に紛れて耳に届く。胸の奥まで響いてくるその声に、鼓動が一気に跳ね上がり、鐘を鳴らすように体の中で音を響かせる。


「……綾乃」


 風の音に混じって、柔らかい声が聞こえた気がした。

(うそ……)

 首を振って否定しようとしたのに、ザッ、ザッ、と砂を踏みしめる音が近づいてくる。瞳を開いて、慌てて起きあがり、そちらに顔を向ければ、逆光の中に黒いシルエットが立っていた。 息が喉を通る音がする。

「どうして……」

 一歩、また一歩とわたしに近づいてくる。