シンデレラ・スキャンダル

 幕張メッセ付近はクリスマスムードではなく、Legacy一色。見渡す限りの人、人、人。みんな、彼らに会うためにここにいる。赤と黒のグッズを身につけ、幸せそうに笑う人たち。その熱気に、めまいがする。彼は、こんなにも多くの人に愛されている「RYU」なんだ。わたしが知っている「龍介さん」は、この熱狂の中心にいる。

 その事実に押しつぶされそうになりながら、わたしは群衆の中に紛れ込んだ。

「そういえば、幕張まで用事ってLegacy? ライブだよね?」

「あ、そうです! 今日のライブに!」

「そうなの……あのね、栞ちゃん。わたし、まだ話していないことが」

「綾乃さん、わたしもお話していないことがあります!」

「へ?」

 わたしの言葉を遮って、栞ちゃんが前のめりになって告げる。長年の付き合い。彼女のこの顔はなにかを隠しているとすぐわかる。いたずらっ子みたいな、申し訳なさそうな顔。栞ちゃんが天井を仰ぎ、小さく咳払いをする。

「栞ちゃん?」

「いや、綾乃さんからお先にどうぞ」

「え? あ、でも栞ちゃんからどうぞ」

「あ、本当ですか? では……あのですね」

「はい」

「綾乃さんが興味ないことは知ってるんですよ」

「はい」

「こんな時にどうかなとも思うんですよ」

「はい」

「でも、気分転換にもなりますし!」

「はい」

「Legacyのライブ、一緒に行ってください!」

「……はい?」

「友達が行けなくなっちゃったんです! お願いします!」

「栞ちゃん、わたし」

「お願いします! 今朝断られちゃって。クリスマスだし、今から誘える人中々いなくて」

「でも……」

「一人じゃ寂しいし。一緒に行ったら楽しいですから!」

 さっきまでのシリアスな空気がはじけ飛ぶ。栞ちゃんの手に包み込まれた、わたしの手。こちらの思考回路が止まって呆然としている間も、彼女の説得が続いている。クリスマスに一人なんてもったいないとか、卓也のことをライブで発散しましょうとか。

「アリーナの一番後ろの席なんですけどね、それでも結構楽しいですから」

「……後ろ」

 一番後ろの席という言葉が耳に届く。一番後ろの席なら、彼の姿はほとんど見えないだろうか。彼の声を聞くだけなら、神様は許してくれるだろうか。あの日、最後に聞いた彼の声。驚いて、傷ついて戸惑った声が蘇る。

 体の奥底で叫んでいる。一目だけでいい。遠くの豆粒みたいに見える姿でもいい。彼の声を、同じ空間で吸い込みたい。それが罪だとしても。

「……じゃあ、ステージは遠いのよね?」

「メインステージは遠いですね。でも」

「それなら……後ろの席なら行く。行きたい……」

「え! 本当?」

「うん」

 その会場に長時間いることはできない。スマホをホテルの部屋に置いて行かなければならない。開演直前に入るために一度ホテルに戻ったわたしは、怪訝(けげん)な顔をする栞ちゃんに苦笑いを返すしかない。

「綾乃さん、ライブも行っちゃいけないんですか? 幕張にはいるんだから、別にいいんじゃ……」

「うん、そうなんだけどね」

 どんなに遅くなっても、必ず夜の十時の電話にはでる。いつもどおり、海を見てショッピングモールをうろついて戻るぐらいの時間なら、部屋を空けていてもわからないはず。

「スマホは置いていくんですか?」

「現在地が卓也に通知されるの」

「……軟禁ですよ」

 それでも、この状況を受け入れる。これが唯一の方法だから。わたしが龍介さんを守ることのできる、唯一の方法。