シンデレラ・スキャンダル

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 卓也が購入した都心のマンションは建設途中で、入居ができるのは来年の三月。それまでホテルにいるように言われたわたしは、一つだけ卓也にお願いをした。

「目の前に海があるホテルにして」

 このホテルの部屋からは海が見えるし、ホテルを出れば、見慣れた景色が広がる。道路を挟んですぐに海。花見川(はなみがわ)にかかる美浜(みはま)大橋(おおはし)を越えれば、いつも通っていた検見川(けみがわ)の浜がある。

 ポケットの中には、ホテルの鍵とスマホ。スマホといっても、入っているのは卓也の連絡先だけ。わたしが持つことを許されたのは、その二つ。この最上階の部屋では、何もする必要がないから、と。部屋の掃除も洗濯も、食事もすべてホテルのスタッフが対応してくれる。欲しいものがあるときは、ホテルのスタッフに伝えれば、すぐにそれが手元に届く。

 昔、わたしが望んだとおりの優雅な暮らし。お金に困ることのない暮らし。愛情なんていらなかった。お金さえあればよかった。それさえあれば、生きていける。望んでいたものが、今確かに、わたしの手の中にある。


 視線を美しい海から部屋の中にかかる時計に戻せば、もう昼前。ホテルを出てタクシーに乗り、近くの婦人科に向かえば、いつもの先生がわたしを出迎える。


「問題はありません。妊娠はタイミングもあるのでね……旦那さんは、今日、海外から戻られるんですか。まあ、今日は排卵日ではなさそうですから」

 先生は淡々と説明を続けていく。わたしもそれをただただ聞く。よく旦那さんと話し合ってくださいと言われるけれど、旦那じゃないと言ったら先生はどんな顔をするだろうか。

 この淡々とした、流れるような説明が少しは止まったり、詰まったりするのだろうか。それとも、もう卓也から話がとおっているだろうか。そんなことをぼんやりと考えて、実行もできずに、いつもどおり先生にお辞儀をして診察室を後にする。


 病院を終えてホテルに戻ってきたわたしは、ホテルの受付にお願いして、電話をかけてもらった。スマホからの発信は許されていないから、電話をしたいときは、ホテルの部屋から受付に電話をして外線をかけてもらわなければならない。そうしてわたしの電話を掛けた先をチェックすると同時に、関係がないところに電話をしていないか卓也が監視している。「一度犯した過ちは許されない」らしい。

 わたしは一体、なんの過ちを犯したんだろう。なにが過ちだったんだろう。龍介さんと出会ったこと? 龍介さんと一緒に過ごしたこと? 龍介さんを好きになったこと? 龍介さんとの日々は、わたしにとって——


 通話を終えて受話器を置き、いつものように検見川(けみがわ)の浜に(おもむ)く。もう風は冷たくなっているのに、相変わらずウインドサーフィンをやる人がいて、遠くにはヨットも浮かんでいる。あれは高校のヨット部の子たちだろう。父と最後に来た時も、ヨットが運ばれていた。