シンデレラ・スキャンダル

 彼の番号を表示させて、通話のボタンを押すと耳に届くコール音。しばらくすると、わたしの名前を優しく呼ぶ彼の声が耳に届く。

「綾乃」

 なにも話さないわたしを不思議に思ったのか、彼がもう一度名前を呼ぶ。

「……綾乃?」

「……りゅ、すけさん……っあの」

「……どうした? 綾乃?」

「龍介さん、わたし……」

 隣にいる卓也がわたしの手を掴む。その手が冷たくて、握る手に自然と力が入った。

「も、もうっ……龍介さんには、会えま……せん」

「え?」

「別れ、ます……ごめんなさい」

「……なに? どうしたの?」

「他の……他の人が、あの、他に」

 他の人がいるなんて嘘をつくことさえできなくて、嗚咽が溢れそうになる。

「綾乃!」

 受話器の向こうの彼は、まだわたしを信じている。その優しさが、今は凶器となってわたしの喉を突き刺している。息ができない。視界が滲む。あなたを守るためには、あなたを傷つけるしかないなんて。

「……ごめんなさい」

「綾乃、ちょっと待って。ちゃんと話そう。今日、時間つくるから。だから」

「会えません……っ……ごめんなさい」

「綾乃、待って!」

「もう、連絡は取れません」

 嗚咽を噛み殺し、わたしは最後の言葉を絞り出した。何も伝えられない。この人が好きなのに。初めて知った恋に落ちるという感覚。好きな人と過ごす温かい時間。かけがえのない時というものを、幸せがどこにあるのかをあなたが教えてくれた。

 傍にいたい。好きでいたい。でも——。

 龍介さんの言葉が終わらないうちに電話を切ると、すぐに着信音がそのスマホから響いた。卓也がわたしの手の中からスマホを奪い取る。

「卓也!」

「こんばんは。田辺です」

「返して!」

「綾乃と連絡とるの、やめてもらっていいですか?」

「お願い! やめて!」

 スマホを取り返そうしたわたしを、一瞥した卓也は手を掴んだ。そして、そのまま払うようにして、わたしの体を突き飛ばす。

「あっ……」

 背中がソファにぶつかって、鈍い音を奏でた。それと同時に走った、足と背中の痛み。膝や足が擦れて、ストッキングが破れ血が滲む。卓也は、窓の方に顔を向けたまま、表情を変えずに会話を続けている。

「卓也!」

「綾乃は僕といると言っていますので。これ以上連絡をするなら、事務所に弁護士を通して抗議しますよ。Legacyさんがストーカー騒ぎなんて起こすのは嫌でしょう?」

「お願いだからやめてっ……」

「綾乃の荷物は、捨ててくださって結構です。それから、あなたの家の鍵は、事務所にお送りするよう手配しますので、ご安心ください。二度と、綾乃に連絡しないでくださいね」

 そう言うと通話を切り、感情の見えない顔のまま、スマホをわたしの方に投げつけた。四角い物体は、顔を覆った手に掠って、ソファに転がる。

「なに、するの」

 なにかを考える暇もないままに、卓也が近づいてきて、そのまま拳で思い切りその画面を殴りつけた。

「ぁっ……」

 ガラスが割れる音とともに、薄いスマホの画面が粉々になる。