シンデレラ・スキャンダル

◇◇◇

 一週間前が経ち、ずっと付き纏っていた小さな不安が少しずつ薄れていく。あの不気味な笑い声をあげた翌日から、卓也は打って変わったように優しくて、機嫌の良い日々が続いたからだ。

 もちろん謝るでもなく、言い訳するでもなく、ただ普通に過ごした毎日だったけれど、それでも卓也は仕事以外の色を出すことがなかった。完全に役員と秘書として、良い連携をとっていた一週間。

 そして、今日。卓也の秘書をして二か月弱。最終日を迎えたわたしに、卓也は自身の役員室で労いの言葉をかける。

「お疲れさま」

「ありがとうございました」

「次の仕事は決まった?」

「いえ。しばらくは、ゆっくりしようかと」

 龍介さんが年末年始で忙しい日々が続くから、しばらくは彼といる時間をとりたい。それでも、彼といられる時間は本当にわずかだから。

「うん、いいんじゃない。もう仕事はしなくても」

「……ええ」

「それから、給料はちゃんと払うから」

「それは」

「綾乃には申し訳ないことをしたしな……この前は、ごめん」

 初めて聞く卓也の謝罪の言葉。浮気をしても、嘘をついても、わたしを泣かせても、「ごめん」という言葉は卓也から発せられなかったのに。今日をかぎりに、卓也とはもう連絡をとることさえなくなるだろう。最後の最後に、こうして穏やかに別れることができるのなら、それも良いのかもしれない。

「もういいの。やめましょう」

 わたしは首を横に振り、卓也に顔を向けた。きっと、そこには笑顔があるはずだと思って。

「お互いに、もう——」

「まったく」

 わたしの言葉を遮って、低い声が響いた。目の前の男から発せられた、正に地を這うような声。

「本当にわからない女だな」

 一瞬にして、薄い薄い氷の上に立たされたような気持ちになる。今、少しでも動いたら亀裂が走って砕け散る。砕け散ったら最後、冷たい真っ暗な海の中に堕ちる。

 だって、男から発せられるこの声も、こちらに向けられるこの目もわたしが予想していたものじゃない。目の前にいる男は、今まで見たことがない暗い瞳をこちらに向けていた。

「いつまで、こんなことしてるつもり?」

「たく、や……?」

「ハワイなんて行かせるんじゃなかった。まあ、一人で行かせたのは俺のミスだから、それは謝るよ。でも一時的な感情に振り回されて、現実が見えなくなるなんてな。綾乃はもっと頭の良い女だったはずだろう」

「……なに、を言ってるの?」

「一週間で終わりだって言っただろ? シンデレラごっこは終わりなんだよ。物覚えが悪いなぁ、綾乃は」

 仕方がないなとでも言いたげな口調に、にこやかな笑みが重ねられる。