神様は誰?

――三ヶ月後。

夜だった。

部屋の電気はつけていた。
消すと、スマホの画面だけが白く光って、あの白いツリーを思い出すから。

机の上には、真鍋刑事の名刺があった。
何かあったら連絡してください、と言われていた。
その何か、が何なのか、私は分かっているようで分かっていなかった。

スマホが鳴った。

一瞬、心臓が止まったみたいになった。

差出人は知らないアカウントだった。

アイコンは、白い面ではない。
黒い背景に白い点でもない。
ただの灰色の円。
名前は、何もなかった。
空欄に見えるような、変な名前だった。

私は、開かないで消そうと思った。

でも、消す前に、メッセージの冒頭が通知欄に見えた。

『神様は移転しました』

指先が冷たくなった。

画面を開いた。

【DM】

差出人:unknown_voice

『神様は移転しました』

『あなたはまだ、神様の口でいられます』

息が止まった。

オラクルなのか。
オラクルを真似た誰かなのか。
ただの悪ふざけなのか。
事件を知っている外野なのか。
神様の言葉を拾って、別の場所で続けようとしている人なのか。

分からない。

でも、文体は同じだった。

短く。
断定的で。
余白がある。
私がずっと作ってきた、逃げやすい言葉。

――あなたはまだ、神様の口でいられます。

私は、スマホを握ったまま、しばらく動けなかった。

昔の私なら、たぶん誰かに送った。
新に。
杏に。
六人のグループに。
「これ、どうする?」と聞いた。

みんなで決めるために。
私ひとりの責任にしないために。

でも、私はもう、そのグループを開かなかった。

スクリーンショットを撮った。

通知音が鳴った。

同じアカウントから、もう一通。

『沈黙は祈りではない』

私は、返信しなかった。

真鍋刑事の名刺を見た。
そこに書かれた番号を、メッセージの宛先に入力した。

【送信先:真鍋刑事】

『新しいアカウントから来ました。
私は返信していません。
スクリーンショットを送ります』

画像を添付した。

送信。

しばらくして、既読がついた。

【真鍋刑事】

『そのまま保存してください。削除しないで。返信もしないでください』

スマホを机の上に置いた。

でも、通知は止まらなかった。

『見ている者は、まだいます』

『声は消えません』

私は、スマホを伏せなかった。

画面を見た。
怖くても、見た。

もう、空気を壊さないために黙るのはやめる。
誰かに嫌われないために言葉を丸めるのも、できるだけやめる。
きれいな言い換えで、汚れたものを隠すのも。

神様なんていない。

いるのは、人間だ。
見たい人間。
信じたい人間。
裁きたい人間。
救われたい人間。
誰かの口を借りて、自分の言葉を言わせたい人間。

そして、それを知りながら、口になった私。

私は、通知が増えていく画面を見ていた。

怖かった。
今も怖い。

でも、今度は逃げない。

神様は誰か。

その答えを探している間にも、神様は別の場所で、もう声を出していた。